ドクダミ自由帳

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【マンガ感想】現実逃避してたらボロボロになった話 真の物書きとは

こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

先日、コミックレンタルでこのマンガを借りて読んでみました。

 

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以前(っていっても1年半以上前)に、同じ方のマンガを読んで感想を書いたことがありました。 

www.dokudamiyoshiko.com

 

その後、『一人交換日記』とか書いたみたいだけど、それは未読。

 

 

どんな内容なの?

前回、生きる希望が湧いたり、レズ風俗で色々あったりしたのだけれども、最近はどうかというと・・・冒頭から入院していました。

 

公式サイトによると、こんな内容です。

 

慢性的な生きづらさ、創作による苦しみから逃れるため、どんどん増えていく酒量。

ある日、耐えきれない腹痛におそわれ病院に行くと「アルコール性急性膵炎」と診断され即入院となる。

この本は、その入院生活と退院後・コミックエッセイを再度描くに至るまでを描いた実話である。

 

ついでに「脂肪肝」とも診断されているわよ。

 

 

マンガにすることついての悩みがあった

マンガ自体は、入院前・入院中・入院後と、基本的には病気について書かれています。

でも、私が面白いなと思ったのは、入院の内容ではなく、「これをマンガにしよう」と決意したプロセスの方。

入院直後に、お父さんと「この事もまた描くんか」「描かへんよ。こんな事描いたら、どんだけ叩かれるか…」*1なんてやり取りもあるくらい、描くつもりはなかったのです。

 

それだけ、前作では叩かれたんですね。

これも描こうと閃いたときに、こんな声が聞こえてきていました。

 

「アル中乙ww」

「さすがに引くわ」

「こいつ全然反省してねえな」

「終わったな」

「自分のせいで病気になって家族に迷惑かけといてまた自分がかわいそうみたいに描いている」

 

そして一度(と言わずに何度も)、マンガにするという考えを封じ込めているのです。

 

でも結局、描いてしまうんだけど。

 

 

ジャンルに優劣はあるのか?

封印していた理由のもう一つに、「フィクションよりもエッセイが順位が低い」みたいな感覚もあったようです。

小説で言うと「文芸>ライトノベル」みたいな事言う人みたいな感じかしら?

「エッセイを書いていることはずっと恥ずかしい事だった」って言っている。

 

でも、それは面白いエッセイと出会うことで、一瞬で「エッセイかっこいい」に変わるんだけどね。

 

 

真の物書きとは

何にしても、この人は「描かずにはいられない」という気持ちで、入院やアル中についてを赤裸々に描いて、出版しちゃったわけなのです。

私は、こういう人こそ、まさに「物書き」であり、「人生全部コンテンツ」な人なんだと思うんですよね。

 

あと、中村うさぎさんとか。 

www.dokudamiyoshiko.com

 

「物書きとは、自分の人生を切り売りするのだ」とは誰が言ったのだろうか。

私の心をグリングリンとえぐっていく「物書き」ってまさにそのタイプの方が多くて、皆自分を、自分の汚いところも弱いところも、はらわたまでも白日の下にさらしていく。

 

だから、カッコつけたり周囲の目を気にしている私なんて、物書きなんて名乗る資格はないなと思ってしまう。

「ブロガー」っていうのも、なんか格好悪いし。

 

 

人は物語に何を求めるのか

この本も盛大に叩かれたし、親もきっとまた色々と言われたのだろうなとは予想するんだけど、私はこういう人間が描かれているものと接するのは、とても好き。

 

人々が物語に求めるものって、3つあると思う。

 

1つは、「共感」。

件のマンガだと、同じようにアル中で苦しむ人や、精神の病で苦しむ人、クリエイターとしての生みの苦しみを味わう人が「そうそう、わかるわぁ」「私も同じです」と思うこと。

 

2つ目は、「理解」。

自分と違った人生を歩んでいる人がどういうことを考え、どういうことをしているのかを、作品から学ぶ。

今回の私は、これだと思う。

 

そして3つ目は、「比較」。

ある人の物語とか考え方に触れて、「正誤」「上下」を決めたり、線を引く。

「この人よりは自分が幸せだ」とか、「この人の考えは間違っている!」とか。

中には、今の自分の状態が不満過ぎて、「自分よりもひどい人」を敢えて探す場合もあるかもしれない。

こういう読み方をする人が、「叩く人」の正体なんじゃないかな? 

 

私は3つ目の読み方をしないように、気を付けていこうとは思っている。

 

 

酒に関する話が心に残った

この方はアル中気味で、退院してからも結局カクヤスで紙パック焼酎買っちゃうほどなんだけど、その酒に関する文章が印象的でした。

 

レジの『私は20歳以上です』ボタンを押した時、胸いっぱいに誇らしいようなうれしさが広がり、「自由」感が私を包んだ。

私にとって「酒を飲む事」は「自分への許し」で、「自分を大人と認める事」そして「人から大人と認められる事」でもあった。 

 

これは禁酒をあっさり辞めた時のナレーション的なものなの。

「自分はアル中じゃないから」というあなたでも、なんか理解できそうな気がしませんか?

私たちの「普通/普通じゃない」というものは紙一重なのだな、と改めて思いました。

 

 

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*1:引用は適宜、句読点を振っています