こんにちは、ドクダミ淑子です。
小さなことでも、子どもの意思とか尊厳とかって大切にしなければいけないな、と思う今日この頃。
例えば、こんなとき。
外で夕飯を食べて家に帰ってきて、お風呂を沸かすボタンを押してお風呂を待っている時。
ズボンが少し汚れていたので、脱がせて軽く洗って、あと10分ぐらいでお風呂も沸くしなぁと思ってパンツ一丁で過ごさせていたら、「ズボンを履きたい」と言われてしまいました。
それはそうだよな、パンツ一丁で過ごすなんて子どもしたら恥ずかしいことだもんな・・・と。
こういう時はパンツ一丁で過ごしてしまいがちな、ズボラな私は反省しました。
こんな小さなことだけれども、3歳が「ちゃんと洋服を着なければ」と思っていることを尊重してあげなければいけないなと思いました。
10分だけしか着ていない服を洗濯しましたが、それはあまり気にしてはいけない。
子どもはいつからオナラを恥ずかしがるのか
そういえば、子どもが小さい頃から不思議に思っていたことがあります。
「子どもはいつからオナラを恥ずかしがるのか」
n=1、我が子での答えが出ました。
2歳くらいで「オナラが出た」と認識し、「オナラしちゃった、ごめんね」と謝るようになる。
3歳くらいでオナラが出ないように我慢したりする。
でもうちの子はそこまで我慢できず出てしまうし、「ん?オナラした?」と聞くとゲラゲラと笑ってごまかしてから、「くさーい」と言う。
いや、自分の尻から出たものですよね?
もしかして、ママに放屁罪を押し付けようとしてる?
それは許さんぞ?
まぁそんな感じで、3歳くらいになればもう「恥ずかしい」という気持ちは十分にあるのだなと思う。
だからこそ、親として諸々気遣ってあげないとな・・・と思う。
とか書いていたら、『ちょうちょ』の替え歌で「うんち~うんち~うんちにとまれ~」とか言い出したりしてきた。
親の心は、忙しい。
子どもが寝ない問題は継続中です
話は戻って。
子どもの意思は尊重してあげたいなぁと思う一方で、相反するけど、親としてちゃんとしなければと思うこともある。
「遊びたい」と「寝かさなければ」とか、「寄り道したい」と「早く帰らねば」とか。
子どもの意思は最大限に尊重したいけれども、こっちにだって都合はある。
頑張って交渉はしているけど、ついつい「そんなに強く図書館に行きたいと思っているなら」とかいって譲ってしまうこともある。
ただ、さすがに22時過ぎ、下手すると23時近くまで寝ないのはなぁ・・・と悩んでいる。
(最近さらに寝る時間が遅くなった・・・)
子どもには子どもの理屈があるのだと思うけど、健康を損ねるようなことは止めなければならないし、交渉はしているんだけど、強情な我が子はそれでも聞き入れないことがある。
はぁ・・・寝てくれ!
「子どものため」を考えすぎない
私はわりと常に、「果たしてどちらが子どものためになるのだろうか?」ということを常に考えている気がする。
私が育ったのは、きょうだいが多くて「とりあえずこれをしなさい!理由などない!つべこべ言わずにやる!」みたいな環境だったということもあるのかもしれない。
色々なことをするたびに、「それは子どもに納得感があるだろうか」「子どもの理屈に合っているだろうか?」と考えてしまったり、「子ども目線でそれはどう見えるか?」みたいなことを考えてしまう。
それは私の良いところでもあり、悪いところでもあると思う。
「今の」子どもの為にはそれはめちゃくちゃ良いことだと思うけれども、「将来的に見て」「周りから見ると」それは間違ったことである場合もある。
うちは夫も過保護気味だからな・・・
はぁ・・・バランスって難しいな。
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