こんにちは、ドクダミ淑子です。
今回は少し難しい話を。
「中立になれる自分」に酔っている人達がいるよね、って話です。
中立になれる自分、かっこいい?
たとえば、道を歩いていたら落とし穴に落ちてケガをした人と、落とし穴を掘った人がケンカをしているとしましょう。
そういう時に中立マンがツカツカとやってきて、こう言うのです。
「落とし穴を掘った人も悪いけど、下を見ずにボーっと歩いている人も悪い」
「落とし穴に落ちた瞬間に受け身を取れない人も悪い」
・・・いやいやいや、何言ってんだ?
落とし穴を掘った奴が悪いに決まってるじゃないか!
なぜか中立マンは、「両方の立場に立って」「両方の過失を50:50として考えて」「じゃあ、お互い様ってことで・・・」と終わらせようとするのです。
ちょっと待て!
なんで一方的に被害をこうむった人を「あなたも悪いところがあった」って言うの?
意味わからん。
っていうか、「両方とも悪いよね」とか言いきっちゃう、あなた誰ェ~!?
妙な折衷案を出して仲裁しようとする
こうやって謎の「中立な判断(ではない)」を勝手にしてくる人もいるし、その上で謎の「解決策」を出してくる人もいます。
たとえば、バスタオルを毎回洗う派の人が、1ヶ月くらい洗わない派の人を「ありえない」「不潔だ」と貶しているとして。
それに対して、「個人の感覚の問題ですからね」とドヤ顔で言いながらやってきて、「私は両者の気持ちがわかりますよ~」と、「私は中立で両方の気持ちがわかっている」アピールをしつつ、「では、間を取って1週間で交換にしませんか?」と謎の提案をしてくる。
・・・ってこれ、「チッガ~ウノ!*1」って言いたくなりません?
「個人の感覚の問題」っていうのはそうなんだけど、だったら「個人の感覚の問題なんだから、お互い放っておけよ」で終了で良いのに、なぜか「じゃあお互い妥協して1週間で交換にしましょう」みたいな両方の感覚を完全無視した折衷案を出してくる。
そしてそれが、「中立で公平で公正」だと思っている。
ケンカも侵略も「両成敗」?
こういう中立マンって、「ケンカ両成敗」って感じで、「一方だけが100%悪いなんてことはあり得ない、他方だって非があるに違いない」って考えているんですよね。
両方の意見を聞いて、中立な立場で判断して、「両成敗」で終わらせる・・・
・・・遠山の金さんに憧れちゃってるんですかね?
ある意味、こういう人は「平和ボケ」しているのだと思う。
一方的な暴力、一方的な弾圧、一方的な侵略・・・ある日突然、何も悪いことをしていないのに被害を被るということが「存在しない」と思っているのだ。
だから、「他方にも過失はある」とか考えちゃうんでしょ?
中立はカッコ良くて、一方に与するのはカッコ悪い?
中立マンは、なぜか「対立するどちらかの意見に与するのはカッコ悪い」と思っているようにも見えます。
私は、「はあちゅうさんの誹謗中傷裁判」の件については、大反対で様々な意見を書いているのですが、そうすると、時々、中立マンらしき人がやってくる。
「はあちゅうは、〇〇の面で評価できると思う」
・・・はい?
いやいや、私はその〇〇の面について一言も語ってないのですが、突然どうした?
あ、「はあちゅうは悪い人じゃない」って言いたいの?
悪い人じゃないから、手当たり次第に見えるような訴訟を起こしてもよいってこと?
濡れた捨て犬に傘を差しのべていたら、暴走行為するヤンキーも許されるってこと?
ついでに、そういう人が突然「はあちゅうアンチの組織が出来ていて、そうやって徒党を組んで彼女を陥れようとしているのがよろしくない」とか言い出したりもする。
アンチの組織?徒党を組んで?
・・・そんな集会がもしあれば、私も参加したいわ(ないわ)。
白か黒かで対立している時に、どっちかに属さずに「私はグレー」と言うことがかっこいいと思っちゃう人もいるかもしれないけど、そうやって曖昧で自分の立場を表明できない、どっちつかずのグレーって、一番カッコ悪いと思うけどね、私は。
別に興味がないことなら、「どうでもいいから、白でも黒でもない」でいいと思うけど。
「中立=かっこいい」じゃないからね?
出来るだけ偏らずに両者の意見を聞きたい、っていうのはよい心掛けだと思うけど、聞いた後にはきちんと自分の中で判断した方がいいと思う。
いつまでも「私は中立で~す」っていうのは、ただの逃げじゃないの?
それで謎の折衷案を出してきて・・・どういうつもりなんですかね?
中立な自分に酔っている人には、目覚めのビンタを食らわしてやりたいわ(過激派)。
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*1:NHK Eテレ『みいつけた!』に出てくる、いすのクルットさん