ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

【本感想】フェミニストってわけじゃないけど、どこか感じる違和感について

こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

韓国に行った時、不思議に思ったことがあります。

 

それは・・・「ギャルとおばちゃんの間は、どこにいるんだろうか?」ということ。

 

ギャルは街中にいます。

カフェでガールズトークに花を咲かせていたり、コスメを物色したり、何をするわけではなくただ並んでキャッキャしながら歩いていたり。

韓国の女の子って、日本人よりも距離が近くて、腕を絡ませながら歩いていたり、その状態で横一列で並んで歩いていたりする。

そのキャピキャピ具合を見ていると、なんとなく心が和む。

旅行中だからで、日本で見たら「横一列で並んでいるなんて・・・通行の邪魔!」と思うかもしれないけれども。

 

そして、おばちゃん。

おばちゃんも、たくさんいます。

主に飲食店や、サウナやスパだったり、その辺の売店とかに。

韓国人のおばちゃんも、距離が近くて、初対面で腕組んできたり手をつないできたりする。

異国の地に来たんだな・・・と思う。 

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ギャルとおばちゃんの話はここまでにしておいて。

本題は、その中間はどこにいるのか?という話です。

 

化粧品店で働いている人は見かけた。

居酒屋で飲んでいる人、タッカンマリのお店で2人組が猛スピードで食べて飲んですごい剣幕で喋っているシーンも見かけた。

でも、絶対数が少ないと思うんだ。

・・・というか、よく考えたら、おばちゃんも働いている人以外、あまり見ていない気がする。

 

韓国では、街中をフラフラ歩いているのは、ほとんどが20代女性だった。

少なくとも、観光客の私たちが行くようなところでは。

 

・・・そんなことを、この本を読みながら思い出したのです。

 

 

 

 

どんな内容なの?

公式サイトによると、こんな内容です。

 

おおげさと言われたら、そうかもしれない。しかしどうにもひっかかるこの感覚は何だろう。仕事、家事、外見、年齢、結婚……今を生きていて、ごく普通に感じてしまう「違和感」たちをいったん全部総ざらい。『82年生まれ、キム・ジヨン』を生んだ韓国発、「これからの世代」の必読書。

 

韓国人著述家のパク・ウンジさんが、夫とのコミュニケーション、夫の家族とのやりとり、職場で男性に言われる言葉などなどを、1つ1つ、「これってどういうことなのか?」「よく考えたら、それはおかしい」と紐解いていっているエッセイです。

 

 

「韓国は儒教の国だから」

私の友人には、韓国人と国際結婚をしているカップルが3組います。

いずれも、日本人女性と韓国人男性のカップルで、きっかけは彼の留学先(海外も日本もあり)で出会ったっていうのが多いな。

 

・・・ということもあって、私は少し前から韓国の、K-POPなんかでは見えない「お国柄」を知っていました。

 

「姑に週1回電話をしなければいけない、韓国語で」

「名節には帰らなければいけない」

「彼は長男だから、いずれは韓国に帰って家を継がなければいけない」

「彼にはお兄さんがいるけれども、長男だから責任が重すぎて結婚できないでいる」

「韓国の結婚式は、新郎新婦ではなく親のもの。新婦の親が全額出して、親の友人がたくさん来る」

 

ざっくり言うと、「一昔前の日本」と同じような感じなんですよね。

それを「韓国は、儒教の国だから」で済まされている。

 

そういったことを、読みながら思い出しました。

 

冒頭の「ギャルとおばちゃんの間はどこにいるか?」の答えは、おそらくだけど「家」にいるのです。

結婚したり子どもができたらメイクが薄くなって、着るものにもお金をかけなくなり、落ち着いたら立派なおばちゃんになっている・・・のではないか?

 

 

きつい嫁と思われようとも、構わない

その中で、彼女は「おかしい」と思うことにはどんどん声を上げていっています。

「妻には逆らえないんで」という既婚者のジョーク、「女の敵は女」という男性が女性同士を煽るような言葉、「お嫁にもらってくれる」「責任取って結婚して」という決まり文句、「うちの息子は、台所に入れたことなんてなかった」と言う姑の自慢なんだかわからない言葉などなど・・・

 

読んでいて、「一昔前の日本」と書いたけれども、まだまだ、小さなところではこういうことが残っているなぁと思った。

 

その中で、著者のパク・ウンジさんは、1つ1つ、声を上げている。

時には夫とぶつかり合いながら、時には舅・姑と対峙しながら。

 

すごいなと思ったのが、名節(正月みたいなもの)の話。

韓国の伝統では、名節は夫の実家に行き、妻の実家はその後だったり行かなかったりする。

「夫の姉が戻ってくる(義姉が妻の実家に行くターン)まで、あなた達もここにいなさい」とか言われたりするくらい夫の実家が強いんだけれども、移行段階で「女たちが台所仕事をしている中、私は何もしません」を実行して、最終的にはパクさんは夫の実家を説得して「名節には各自が各自の実家に行く」・・・つまり別行動にするんですね。

「名節は夫の実家で、姑とその他女で台所仕事して、夫をはじめとする男性たちは何もしないで酒を飲んでいる、そんなのはイヤだ!」って、すごく良くわかるけど、かなり強い嫁だな・・・と思ってしまった。

 

私は「そういうものだ」「1年で数日だし」という意識できっと我慢してしまうだろうし、なんだかんだで女同士のコミュニケーションも楽しんでしまうだろうから。

 

自分の意思をきちんと伝え、貫く・・・そういう姿が節々に見られた。

 

 

こうやって、社会が少しずつ変わっていくのだろう

韓国社会も、少しずつ変わってきているのだな、とこれを読んで思ったし、日本だって「韓国は、一昔前の日本と似ている」ということは、数十年かけて変わってきたのだ。

「おかしい」と言う人達がいたから。

 

既得権益層は、「おかしい」と言われても「おかしくない」と言うだろうから、なかなか簡単には変わらない。

名節の話で言うと、酒飲んでゴロゴロしているだけの人は、台所仕事を手伝うことなく、このままずっと酒飲んでゴロゴロし続けたいだろう。

「伝統」とか「当たり前」とか言いながら。

 

その中で、「そういうものだ」と受け入れてしまう私が、もしも韓国人女性だったら、今の時代も「名節は夫の実家に帰るだし~」とか言って、ホイホイ里帰りしているかもしれない。

それは、「悪しき慣習」の維持保全に役立っていると考えると、私の受け入れ癖も良くないなと思う。

 

でも、その中でもこうやって行動を起こしてくれる人がいるから、世界は少しずつ変わっていくのだ。

 

私はやっぱり、どちらかというと「ルールを受け入れた上でうまく戦いたい」「今の状況の中で楽しみを見つけたい」という考え方なんだけど、こうやって「おかしい」と思うことにはちゃんと声をあげられる、おかしいを言語化できる人間でありたいと思った1冊でした。

 

 

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