こんにちは、ドクダミ淑子です。
はあちゅうさんが、「女性を救う」的な発言をするたびに、いちいちモヤモヤします。
女性って雑にくくるな!
なんかさぁ、十把一絡げに「女性」って言われると、「そんな雑にまとめんな!」って思っちゃうのよね。
ひねくれ者だからかもしれんし、仕事で常に「ターゲット」を考えているからかもしれないけど。
雑に「女性」ってくくられて、「女性は男性に虐げられていて、女性は苦しんでいる」みたいに雑に語られると、「ハァ!?一緒にすんな!」って思っちゃう。
それは私が幸いなことに、あんまり男女差別問題で苦しんでいないからかもしれないけど。
優しいし頭良いし稼ぐ、非常に良くできた夫と結婚してよかったな・・・(唐突なノロケ)
これも私のターゲッティング能力の賜物よ・・・(唐突な自分アゲ)
女性と言っても色々よ?
・・・っていうのとね、はあちゅうさんの見ている世界が狭いからかもしれないけど、女性って言っても色々な人がいるのよ。
「仕事をしていない」「収入がない・少ない」にしても、その理由は色々ある。
- 働きたくないから働かない
- 働きたいけど、環境のせいで働けない
- 働きたいけど、本人の能力のせいで働けない
・・・と色々あって、最後の「本人の能力のせいで働けない」って結構な数がいたりする。
でも、その当事者って「自分の能力のせい」とは思っていないのよ。
そしてその自己評価と他己評価のギャップがありすぎて、「社会が私の力を評価してくれない」ってなっている。
貴様は、そういう人を「救う」覚悟があるのか?
・・・と聞きたくなってしまう。
だってさ、ネットでパートナーの愚痴を垂れ流す人って、よくよく聞いてみたら「どっちもどっち」だったり、「むしろそれ、あなたに問題あるでしょ?」だったりしない?
お金の管理が出来ないから財布を渡してくれないってパターンもあるのよ?
そういうの、全部ひっくるめて「救う」覚悟があるの?
・・・なーんて思うけど、覚悟がないから軽々しく「救う!」なんて言っちゃうんだろうなと思う。
自分が救いたい人だけ救うのは、「救う」じゃないわよ
どこかで「支援の対象は支援されたくない姿をしている」みたいな言葉を見たけれども、それはあるなと思う。
こちらが「少しでも良い状況になるように」と、色々考えてアドバイスをしても、聞く耳を持たなかったり言い訳したり、むしろ逆の方向に突き進んでしまったりすることもある。
そして結果さらに困って、「困った」と相談してきて・・・の繰り返し。
仮にそういう人にお金を渡したとしても、本来の目的以外に使ってしまうかもしれない。
よく、「生活困窮者に現金を!」みたいな声があるけれども、現金を渡しても有効に使うかどうかなんてわからない。
私は仕事で、福祉系の相談窓口をやっているところなんかも行くんだけれども、そこで働く人の話を聞いていると本当に頭が上がらなくなる。
ここまで根気強く、自分の身の危険もあるにも関わらず、生活困窮者と関わり続けるのか・・・と思うのだ。
でも、彼らは「私が市民を救う!」とは言わないけどね。
アフィリエイトリンクを踏めば、救われる?
まぁ、はあちゅうさんの「救う」は、そんな意味ではなく、「耳触りの良い言葉を書くから、アフィリンクを踏んで頂戴」なんだけどな。
はあちゅう教に入りたい人は、彼女が提示するアフィリンクを踏めばいいのだ。
ただ、彼女は今までの傾向からわかるように、簡単にハシゴを外す。
信者達の「質」が下がれば、信者たちが彼女にお金を使わなければ、180°違うことを言い出すだろう。
そのくらいの軽さで「救う」とか言っているように見えているから、私は憤っているのだ。
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