こんにちは、ドクダミ淑子です。
私は強運の持ち主です。
Twitter(現X)で私をフォローしている人はご存じだと思いますが、私はクジ運が良いです。
それはネットでの抽選だけにとどまらず、ある日突然5万円分の商品券が届いたことがあったり、ルンバを当てたりと、様々なところでそのクジ運の良さを発揮しています。
ちなみに年末だから書いちゃうけれども、今年のどこかで、あつこお姉さんが出演する無料のコンサートも抽選で当てて行くことが出来ました。
あつこの生歌、よかった・・・!
強運でピンチを切り抜けている
その強運というのは、何かが当たるということだけではなく、逆に不幸を避けることも出来たりもします。
実は先日、仕事でちょっと大きなミスになりかけたことがありました。
あることをうっかり忘れていて、大惨事になりかねないような大変なミスだったのですが、なぜか締切ギリギリのタイミングでそのことを思い出し、確認を取ったら私のミスではなく先方のミスだったことが発覚し、先方がお詫びをしながら爆速で対応してもらって、ギリッギリで間に合ったみたいな事件でした。
そもそも私が色々なことを忘れていたのですが、「このタイミングで思い出したなんて良かった」「自分のミスかと思ったら相手のミスということになった」「相手も対応してくれて何とか間に合った」みたいなコンボを経て・・・いやいや運良すぎだろう!と自分でツッコミを入れたくなった。
強運に甘えてしまわぬようにしたいけれども
まぁそんな感じで、大きなトラブルを避けつつ小さな幸運(今のところ最大5万円)を受けつつ・・・って感じで、なんだかんだで生きてきてしまっているのだけれども、時々、こうやって幸運だから、私は反省をしないのかもしれないなと思ったりもします。
反省していないわけではないんだけれども、落ち込むわけでもなく「まぁ何とかなったしぃ~」と思ってしまうのです。
まぁ実際そのくらい「ピンチだったけれども、何とかなった、運がよかったな」で終わることが多い。
かなり多い。
売上が足りないな、困ったな・・・と思った瞬間にクライアントから電話かかってきたり、電話したら「ちょうどお願いしようかなと思っていたんだよ」と言われたりして、なんだかんだで仕事もどうにかなっている。
まぁこれは日頃からコツコツと種をまき続けているということもあるのだろうけれども。
それにしてもねぇ・・・と自分でも思うくらい、いろいろな良い事が起こる。
だがその紙一重が決定的な差なのだ
ただ、この運の良さにかまけて行ってはいけないなとも思う。
「なんだかんだでギリギリOK」を繰り返している私だけれども、何かの拍子で「なんだかんだでギリギリアウト」を繰り返すような人間になるかもしれない。
うっかり人間なのでその可能性はめちゃくちゃある。
その紙一重が何かの拍子で変わることはあるだろうし、そうなったら私はちょっとした不幸続きの人間になるかもしれない。
常にその危機感を抱きながら、できるだけ正直に・人の役に立つように・身近な誰かの力になれるように・・・と思いながら、今日も元気に生きているのです。