こんにちは、ドクダミ淑子です。
ある日、保育園のお迎えで、インターホンを押したときに「おかえりなさい」と言われた時、ふと思いました。
「おかえりなさい」かぁ・・・
家族以外の人に「おかえりなさい」って言ってもらう機会って、ほとんどないよな、と思った。
おかえりなさいの言葉の向けられる相手は
そんなことを思いながら家に帰ると、夫がパパモードで「おかえりなさーい(ハート)(ハート)(ハート)」とウキウキしながらやってきました。
子どもはいつものように「あーり(おかえりなさいの意*1)」と言いながらパパの膝の上で靴を脱ぎ、パパと一緒に洗面所に向かいます。
私はその間にキッチンへ行き手洗いうがいをして夕飯作りにとりかかります。
そして、先ほどの保育園の玄関のことを思い出したのです。
夫の「おかえりなさい」っていうのは99.99%子どもに向けられているものだなぁと。
夫に愛を与えているか?夫から愛を与えられているか?
改めて考えると、私も夫に「ただいま」と言っているかというとそんなこともなく、「おかえり」を覚えられない子に対して、「ただいま、だよ」と言いたくてデカい声で言っているだけなのかもしれない。
以前、はあちゅうさんが「私が夫に対して与えている愛が、夫から返ってこなかった」みたいなことを離婚の原因だと言っていたけれども、果たして私は夫へ愛を与えているか?というと、全然だなと思った。
今日のインスタライブで「離婚の理由を教えてください」みたいな無神経ファンに答えてたけど…
— ドクダミ淑子 (@dokudamiyoshiko) March 4, 2023
・私は愛されたかったけど彼の愛が返ってこなかった
・家に帰ってこない
・他に私のことをもっと愛してくれる人がいるかもしれないと思った
・彼と関係を続けながら他の相手を探すのは不誠実
切ない…😭 pic.twitter.com/14Dbvmhk6M
夫も夫で、私に対して愛を与えているかというと、そんなこともなく、両方とも子どもに対して愛情をめいっぱい注ぎ、配偶者については「子どものパパ(またはママ)」としての関心とか、「子育てのパートナー」としての関心しかほぼないんじゃないかと思った。
そして私は、そのことに全く不満がなかった。
愛の総量があるとしたら、それは子どもにほぼ使われている
私は「夫から愛されたい」と思っていないということなんだけど、それは何というか、「いや、お互いがお互いを愛しているのなんて、当たり前じゃん」みたいな自信みたいなものもある。
「愛しているよ」と言うこともないし、バレンタインデーホワイトデーや誕生日以外にプレゼントを贈り合うこともないけれども、そんなモノで愛があるかないかなんて決まらんだろうと思っている。
まぁ、まとめるとそれが「家族愛」なんだろうな。
私は子どもに愛を注ぎ、夫も子どもに愛を注ぐ。
その子どもが幸せに生きていられるように、夫婦で協力し合ってやっていく・・・
もう、それで十分なのだ。
「夫からの愛が欲しい~」なんて思わない私は冷めているのかもしれないけど、そんなこともなく、きっとお互いがお互いを好きなのは当たり前って感じで、それ以上に何が必要なんですか?っていう感覚かのかな。
これは、お互いが恋愛に重きを置かないタイプだし、「モテ」を求めていない、というのも大きいのかもしれない。
だから、色々な人を「非モテ」といってディスっている人を見ると、「ああ、この人はモテるということに価値を置いている人なのだな・・・」と思う。
私は別に自分が非モテであろうとも、生きていて一向に問題がないし、目の前の人が非モテであろうがモテであろうが、それもまたどうでもいい。
非モテの方が楽だと思いますぞ
まぁ、そんな風に言えるのは、お互いが恋愛以外に趣味や子どもとの日々で満たされちゃっているからなのと、離婚の「り」の字もなく超安定した感じでやっているからかもしれないけど。
私はむしろ、非モテでよかったなぁと思う。
「私の愛が彼から返ってこない!」なんてやきもきすることが全くない超安定した相手がいて、お互い、子どもが大好きな上に、自分の中に楽しい世界が広がっているから。
まぁそれも、夫という、私にとってぴったりな相手に出会えたお陰というのは大きいのかもしれないな。
・・・同じパンツ5年くらい履き続けているけど(まだ言ってる)。
はあちゅうさんは100%完璧な夫婦はいなくて、みんな上手く行ってないと思いたいのかもしれないけど、残念ながらドクダミさん家にはそこそこ稼ぎ、超絶子煩悩な夫がおります。
— ドクダミ淑子 (@dokudamiyoshiko) March 3, 2023
家事はほぼしないし、時には残業すごいし、パンツは5年くらい履き続けて毛玉だらけのスウェットで子どもと公園行くけどなwww pic.twitter.com/SJiK7aYBpy
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*1:子どもはまだ「ただいま」という言葉を知らなくて、帰宅した人も家で迎え入れる人も「おかえり」だと思っている。かわいい。