ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

バチェラーにフェミニストが参加している件について

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

バチェラー月間になり、浮足立っている今日この頃。

現在配信されている分を観終えて感想ブログを書いた後、「#バチェラー4」でTwitter検索して他の人の感想も見たり、出演者のSNSをフォローしたりと・・・あー楽しいっ!となっています。

今回は育休中ということもあり、職場の人と語り合うという楽しみがないのだけが残念ですけど。

 

さてさて、そんな中、最近ネットで色々なものを燃やしにかかっている「フェミニスト」の皆さんが、そろそろバチェラーも燃やしにくるんじゃないか?と思って色々探してみましたが・・・どうやら別の方向で話題になっているようです。

 

「フェミニストがバチェラーに参加」という方向で。

 

 

フェミニストがバチェラーに乗り込んできていた

そういえば参加者の紹介動画で「結婚NG」と言っている人がいましたね。

 

youtu.be

 

書き起こしはこちら。

 

こう見えて、多分日本で一番賢いでーす。

結婚っていうのは、メリットがある制度なんです。
けど、ジェンダーによって、たとえばゲイの人とかレズビアンの人とかはその制度に属性によって入ることができない不公平をはらんだ制度なので、その制度が変わらない限り私は結婚はしないって決めています。

(バチェラーは)水着になったりとか、お料理が上手とか、気遣いができるとか、そういうところをアピールしているっていうところでジェンダーにおいて私は、研究者としては批判的です。

信条を曲げてもいいって思えるような大恋愛がしたくて、バチェラーに参加した。
私は恋愛は大好きで、好きとか愛しているとかお友達にも恋人にももちろんめっちゃ伝えるし、褒めるし、毎日ハグするし、愛の権化みたいな感じです。

バチェラーは私よりも頭が良くて、私よりも優しくて、私を包み込んでくれるような人がいいなって思います。

 

こちらの記事も。

www.businessinsider.jp

 

「見た目の美しさや、どれだけ料理ができるか気遣いができるかなど、やっぱりバチェラーという番組って女性性を披露する物語だと思うんです。一方で男性は肩書きや収入などハイスペックであることに価値があると強調している。男女共にこうあるべきという固定的な性役割を強化してしまう部分があって、そこはジェンダーを研究する者として批判的に見ています」

 

 

なぜ、1つの作品だけで物事を見るのか?

私は、バチェラーに限らず、「1つの作品が固定的な性役割を強化するからよろしくない」っていう意見には批判的で。

別に日本人全員がバチェラーを見て、「男は収入・女は見た目!」って思うわけでもないし、逆に「男は収入・女は見た目!」って日本にある全ての作品で主張しているわけではないじゃないかと思ってしまう。

バチェラーやバチェロレッテは、優秀な男性(女性)に群がって競い合う女性(男性)というものを描いているけれども、その一方で「きのう何食べた?」みたいなゲイカップルの作品もあるし、男女関係なく戦って死にまくる呪術廻戦みたいなマンガだってある。

 

だいたい、バチェラーって、「まぁ、あの世界は特別だから」みたいな感じの世界観じゃないか。

ゴージャスなホテルやデートやカクテルパーティ・・・ある種のファンタジーとして楽しむものなんじゃないの?って思ってしまう。

 

『鬼滅の刃』に遊郭が出てくるからって、一体それが何でジェンダー不平等なのだろうか?と思ってしまう。

大正時代をテーマにした、フィクションでしょ?

それとも、鬼って存在すると思っているの?

東京都立呪術高等専門学校が実在すると思っている?

 

・・・私はずっと、1つの作品を吊るし上げて「ジェンダー不平等」という理由で燃やしたり無くそうとする人達にはそういう考えを持っていて。

色々な考え方のクリエイターが、自分の考えに基づいて作品の世界観を描き出す、そうやって、様々なバックグラウンドとテーマのある、様々な作品が世に出る・・・これが多様性だと思っているんですよね。

だから、玉の輿狙いの女性が出てきても、専業主婦が出てきても、巨乳が出てきても、色仕掛けをする人がいても、それを「女性差別を強化する」と単純には言えないと思う。

 

 

それって結局、「いいとこどり」では?

また、松本さんはビジネスインサイダーの記事(上記)で、こんなことも言っています。

 

「男性に食事をおごってもらうのも、見た目を可愛いと褒められるのも嬉しいんです。対等な関係を築きたいと思う一方で、男性が担っている既存の性役割の旨味も享受したい。学歴も経済力もある私でさえこうしたアンビバレントさを持っていることが、現代を生きる女性の象徴だなと思っています」(松本さん)

 

おいおい・・・

「男女平等」「ジェンダー差別反対」みたいなことを言っておきながら、「可愛いねって褒められておごられるのは嬉しい」って・・・ずいぶんと正直だな。

結局、「研究者として結婚制度は反対だけど、男性にはちやほやされたいし、男性の方が私よりも”上”であって欲しい(YouTube動画より意訳)」ってことかーい!

 

なんだろう、この「ビジネスフェミニスト」って感じの発言。

こんな人の登場で、ネット上の「フェミニスト」の人は「フェミニストがバチェラーに参加した!すごい!何かが変わる!」とか思っているのか?

バチェラーの雰囲気に飲まれて、ローズを貰えなかった時に負け惜しみみたいにジェンダーがどうのって言うだけじゃないの?

 

・・・と思ったんだけど、そもそも「フェミニスト」っていうと、人生全部をフェミニズムに捧げないといけない、みたいな感覚がおかしいのかもしれない。

松本さんみたいに、フェミニズム研究者としての一面もありながら、それとは関係なく恋愛を楽しむ、みたいな方が「普通」なのかもしれない。

一貫して「制度」が問題って言っているもんな。

過激派みたいに「男性が存在すること自体が問題」みたいなことは言っていない。

 

 

「作品」に突っかかるのはいい加減にしてほしい

まぁ、見た目にこだわらないタイプの女性は、そもそもバチェラーには出演出来ないですから、作品に批判的考えを持ちながら刺客として参加できるのは松本さんくらいなのかもしれません。

でも、これを機に何らかの「作品」に突っかかるのはやめていただきたいなぁ・・・と、フェミニズムよりバチェラーの面白さを求める私は思っています。

いや、もうこうなったら真正面から「バチェラーは男女不平等で女性差別だから無くせ!」って署名活動でもして、バチェラー好きの女性とバチバチのバトルをするのもいいのかもしれない。

 

なんだかんだで、まだインタビューで見せたような「牙」を黄さんの前では全く出していない松本さん。

今後、どうやって立ち振る舞うのか・・・は、ちょっと楽しみです。

 

 

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