ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

人は、飛び降りたら死ぬ高さに住むべきではない

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

私は、自他ともに認めるクソポジティブでアイアンメンタルでハイパータフな女です。

 

ですが、そんな私も、一時期、妙な妄想が止まりませんでした。

 

 

バルコニーでの妄想

私の住まいは、マンション。

そこそこの高さで、そこそこの眺望です。

タワーマンションではなく、そこそこの広さのバルコニーがあります。

子どもと一緒に、朝の空気を吸いし、ぐずった時に少し外の空気を吸って落ち着かせるために、夕方に涼みに、雨の日は散歩代わりにと、子どもが生まれてからちょこちょこバルコニーに出るようになりました。

 

その前は、住み始めたばかりのころは、浮かれてアウトドア用の折り畳みチェアを買って、外で読書しながらレモンサワーを飲んだりしていましたが、それも2回くらいで飽きてしまっていました。

まぁ、そんなもんだよね。

 

子どもと外に出て、今日の空模様について、そこから見えるもの、聴こえるものについて、今日の予定や既にやったことについてと、お話をしているのですが、その時にふと妄想が膨らんできてしまいました。

 

もしもこのまま、バルコニーの柵を乗り越えたら、死ぬな・・・と。

 

 

死にたいわけじゃないはずだけど

別に、死にたいってわけじゃないと思うんです。

でも、なぜかその妄想が、止まらなかった。

 

子どもはまだ立つこともお座りすることもできない状態だし、私がもしもどうかしようものなら、そのまま落ちてしまうだろう・・・そんなことを考えると恐ろしくなる。

でも想像してしまう。

 

夫は、気づいたら部屋の中に誰もいないことに気づき、私たちの名前を呼びながら歩き回るだろう。

バルコニーに行っても誰もいない。

ただ、地上が騒然となっているのに気づいて・・・

 

ああいけない、部屋に戻ろう。

 

 

物騒な妄想が止まったのは

そんな恐ろしい妄想が止まらなかったのですが、気づいたらなくなっていました。

たぶん、生後6ヶ月のハーフバースデーの日にバルコニーに出た時に、ふと出産の時のことを思い出して、そこから今までのことが走馬灯のようにブワッと流れてきて、ああここまで来れてよかった・・・と思ってから、「もしもここから落ちたら」の妄想は止まりました。

 

もしかしたら、産後のメンタル不調の一種だったのかもしれないな。

あとは、やっぱり子どもの存在・・・自分の力ではどうにも生きられない人間を育てるという責任が、私にとってはまだ重いのかもしれない。

手足が動かせるようになり、寝返りができるようになったと言っても、まだ立つことも歩くことすらもできない存在を。

 

 

人は飛び降りたら死ぬ高さに住むべきではない

そんなことがあって、思ったことがあります。

 

人は、飛び降りたら死ぬ高さに住むべきではないのです。

 

強メンタルを自称する私でも、タイミング次第でそんな妄想に駆られてしまうのですから、ある日、ある時、ふと魔が差して、その壁をひょいっと乗り越えてしまう人も出てくるかもしれない。

きっと、誰でも起こりうることなんだと思うんですよね。

 

・・・といっても、その一線を超える壁っていうのは結構高いのかもしれないけど。

 

私の場合は、やっぱり家族の存在が大きい。

交通事故で奥さんと3歳の娘さんがなくなってしまった事故の遺族が、今も当時のまま残している家の映像を見て、おままごとセットや絵本や洋服がそのままになっているその光景を見て、胸がぎゅっと締め付けられた。

この、誰も帰ってこない家で、当時のままのおもちゃや本に囲まれた家で、残された旦那さんは一体何を思い、生活しているのだろうか?

本当は見たくないと思うけれども、捨てたりしてしまうとそれこそ今までの生活がなくなってしまう気がするから、どうすることもできないのだろう。

 

うちの夫にそんな悲しみを味合わせないようにしたい。

事故なんていつ起こるかわからないけれども、とりあえず私は死ぬことなんて考えないようにしようと思ったのです。

 

 

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