ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

道端にウンコが落ちていないと、つまらなく感じてしまう病

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

最近、Twitterで「ミュート」という機能を使うようになりました。

 

私は「企画」というものがあまり好きではないのです。

フォロワーさん○○人企画で、誰彼構わず固定ツイートをRTしまくる人も好きではない。

そこで、ミュートワードを以下に設定してみました。

 

  • フォロワーさん
  • フォロワー様

 

ついでに、誰彼構わず固定ツイートRTしまくりさんは、「リツイートは表示させない」にしました。

 

すると、タイムラインはスッキリしてイラっとせずに読めるようになったのですが、その一方で新たな問題が発生しました。

 

「なんだか、イラっとすることが減って楽しくない・・・」

 

 

「負」の感情を原動力にするタイプのようだ

私はどうやら、「負」の感情があるほうが、輝くタイプなのかもしれません。

例えば昨日、整体トレーナーについてのグチをつづったこちらの文章。

 

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このネタを思いつく前は何を書こうか悩んでいたのに、「そうだ、アイツのことを書こう」と思ったら、一瞬で2000文字が出てきました。

 

その他のブログも、「これ、おかしい」「イラっとするわぁ」ってことをぶつける方がサクサク書けるし、書いていて楽しい。

 

普段も「悔しい」「見返してやる」という感情で、わりといいパフォーマンスをしている気がする。

こっちは「負けず嫌い」って話かもしれない。

 

 

道端にウンコが落ちていない道路なんてつまらない

私が子どもだったころ、道端には色々なものがありました。

犬のフンや、虫やカエルの生きているもの・死んでいるもの、小銭、エロ本・・・

落ち葉や木の実、花などキレイなものもありましたね、そういえば。

 

それらにセンサーを光らせ、反応しながら、不用意に踏まないように注意しながら歩いていました。

ついでに舗装されていない道も歩くことがあるので、その時は「滑ってどろだらけになる」というトラップもありました。

そういう、あれこれがあったから、毎日が冒険だったんですよね。

 

Twitterも同様で、道端みたいなところにウンコが落ちているから、楽しかったのかもしれない。

 

 

職場で嫌いな人がいなくなったら、物足りなくなった

私は会社にも、ちょっと嫌いな人がいました。

いつもうるさくて、とんでもないことを言っていて、上がってくる仕事は99%がどこかしら間違っている。

 

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その人が、ある日突然バックレて辞めてしまったのです。

 

平穏な日々になりましたが、何かが物足りない。

 

あれほど「消えてほしい」と願っていたのに、消えたとたん物足りなさに襲われる・・・私は、自分がわからなくなりました。

 

 

家庭に「負」を見つけてしまうかもしれない

私はもう、そういう性分なのでしょう。

マイナスなものを見つけては、それについて負の感情を高ぶらせ、それを原動力にして動く。

しかし、これが例えば家に引きこもったら?

夫のやることに不満を持ったり、ダメな点をほじくり出してしまうかもしれない。

それはちょっと嫌だなと思います。

ひねくれ者の私ですが、家庭は平穏な空間であってほしい。

 

 

新たなウンコを見つけるまでは、しばしこの状態になれてみよう

きっと私は、Twitterで「フォロワーさん感謝企画」みたいなのをミュートしても、しばらくすると次の心を揺さぶる負のネタ=ウンコに出会うでしょう。

4月からは人事異動があるので、新たにムカつく人や自分と価値観が真逆な人とも出会うでしょう。

 

それまでのしばしの間、この舗装されて、何も落ちていないきれいな道路を楽しむということに、意識して取り組んでいこうと思います。

 

 

 

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