こんにちは、ドクダミ淑子です。
今回は、この本を読んだ感想文を・・・
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どんな内容なの?
公式サイトによると、こんな内容です。
誰しもが日々の中で抱く「漠然とした不安」に対して、衣食住の観点から著者本人が体を張って抵抗を試みた、爆笑と感動の生活探索記。
もう少し具体的に書くと・・・
- 野草を食べる
- 磯で生活する
- 不食に挑戦する
- 石を売る
- 泥団子を売る
- 服を1回着たら捨てる(セルフ追いはぎ)
- 全裸で過ごす
- 穴を掘る
- スッポンを釣る
- カラスをパチンコ玉で撃とうとする
- 自宅をジャングルにする
- 何もしないで1年過ごす
- 木に登る
「何をしているのだろうか?」と思うかもしれないけれども、それは全て彼の「不安」や「課題意識」からやってくる。
たとえば、お金を稼がなければいけない不安からどうやって逃れるか?ということを考えた結果、「磯で過ごせば食が満たされるのでは?」とひらめいて磯でモリを突き、「身の回りにあるものを売ればいいのでは?」と思って泥団子を売り・・・としているのだ。
そのプロセスが、めちゃくちゃ面白い。
面白いんだけど、深い
そして、面白いんだけれども、深い。
なんというか、「本質(という言葉を使うのは嫌いなんだけど)」を突いている気がする。
たとえば、泥団子を売ってメルカリでお金を手にした時に、「お金の正体とは」みたいなことを考える。
「意識」こそがお金の正体なのではないだろうか。
土を握り、丸くなったそれを、無意識のまま放っておいても、そこにはなにも出現はしない。「これは泥団子である」と個が意識した瞬間に、ようやくそれは泥団子としての存在をあらわにする。
そして、「意識すればお金は出現する」と思った瞬間に、お金に関する不安から少しだけ開放される。
絶対に働かないと思っていた仲間の漫画家がラーメン屋に、詩人がテレオペになった時に、彼らから話を聞いて「ウソがない」という言葉から、色々と考える。
彼ら友人は、「遊び」をそのままに「労働」へ変化させる魔法を使っていたわけではない。
その代わりに、彼らは「自分の好きな感覚」を、少しだけスライドさせて、いまの仕事と自己の自然的なフィッティングを行っていたのだ。
「お金とは」「ファッションとは」「労働とは」「食とは」・・・色々な問題に対して、彼は「実践する」「話を聞きに行く」などの具体的行動を取りながら、その行動の中で自分の中の変化を見つめ、考えて、それを言語化する。
だから「面白く」かつ、「深い」のだ。
漠然とした不安の解消方法
私たちは、漠然とした不安を抱いた時、どうしたらよいのだろうか?
彼のように「よし、磯に行こう!磯に行ってその内容を書こう!」と出来ればいいのかもしれないけれども、だいたいの人は「生活」やら「仕事」やらその他「やらねばならぬこと」がある。
突然、「よし、スッポンを釣りに行こう」とは出来ないのだ(出来る人もいる)。
だから、なんとなく不安を抱きながらも、なんとなくそれを誤魔化したり見ないフリをしたりしながら、生活してしまう。
ただ、それは見ないフリをしていても、自分を蝕んでいるのかもしれない。
虫歯のように、黒いものが見えても痛くないからと放置していたら、そのうち神経まで到達してしまう、みたいなこともあるのかもしれない。
では、どうしたらいいのだろうか?
1つは、1日だけでも自由な時間を作って、色々なことを放棄し、自分の「不安」ととことん向き合ってみる。
私だったら、溶けてなくなりそうな有給の残りを思い切って消費して、いつもの恰好をして子どもを保育園に送り、そのままスーパー銭湯に駆け込んで岩盤浴で瞑想し、その後ビールで思考を深めればどうにかなるかもしれない。
(ビールで色々とどうでもよくなってしまう可能性もゼロではない)
その昔は、よく自分と会話したくて、旅に出ていた気がする。
そしてもう1つは、こうやって実際にやっている人の本を読むこと。
本って、「追体験」だと思うんですよね。
自分で出来ないことを体験している人の言葉に触れ、あたかも自分がそう行動しているかのように思えるメディア。
文字だけだから、映像作品と違って、自分の脳内で再生されるのも良いところ。
そういう点では、この本は説教臭くなく、笑って読みながら、でも物事の「本質」に触れることができる・・・という意味で、とてもオススメです。
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