
こんにちは、ドクダミ淑子です。
子育てには、悩みが尽きませんね・・・
私もだいぶ楽になったなぁと思うものの、まだまだ立ち止まるシーンはたくさん。
そして今後は、子どもの性格とかタイプとか、そういうものに合わせた個別の悩み事が増えてくるのだろうな・・・と思う。
壊れるほど表現しても、3分の1も伝わらない
我が子ちゃん。
なかなか難しい、というかわかりにくいタイプでして。
なんか、変なところでふざけたりしちゃうタイプなんですよね。
「怒られる」と思った瞬間逃げたり、ヘラヘラしたり。
それは本人なりの予防線とか防御策とかそういう感じだと思うんですけれども、周りの人は「分かっていないな、こいつ」となるわけで。
・・・という面での先生からの報連相がちょいちょい、ある。
その度に私は、「これはどういう経緯でそうなったんですかね?」と子どもに事実確認をするんだけれども、うちの子どもの見えている世界と、大人や周りの子が全然違ったりしていて、どうしたものか・・・と思う。
例えば、先生から「マスクをしていたと思ったら床を拭き出して、汚くなったから捨てるよと言ったら悲しい顔をされました」と言われた時。
本人に話を聞いてみたら、「リュックのポケットからお友達がマスクを出してきた。取られそうになったからつけたけれども、いらないなと思ったから落とした。そしたら先生に捨てられて悲しかった」みたいな内容だったりするわけですよ。
誰も悪くないけれども、見られ方によってストーリーはだいぶ異なるんだなということを、日々感じている。
特に我が子は「よくわからんふざけ方をする、ひょうきん人間」と思わているから、前提があって「そういう感じ」に見られるんだけれども、本人はそういう見られ方をすることに対して傷ついていたりするから、なかなか難しいなと思う。
言葉は話せるようになったけれども、まだまだこういう細かいニュアンスを伝えるのが難しい、というか。
子どもの方から、「今日誰々がこういうことをしてきて嫌だった」と聞くこともあるし、お迎えの時に違う子から「我が子がこうだった」とかチクられることもある。
そして、先生とのお話から詳細を聞いて・・・とやっているけれども、「まぁ、君はそう思っての行動かもしれないけれども、その言動ですと周りにはそうは見られませんよね」というケースが多すぎて、こりゃ困ったな・・・と毎回思っている。
人付き合い学科の必要性
そんな感じで、色々な子どもの話を聞きながら、「なるほどね、それは周りのはこう見えていたかもしれないね」と紐解くようにしているんだけれども、私はどこまでこうやって子どもの気持ちを整理整頓したり、一般的な感覚を教えていくべきなのだろうか?と迷うこともある。
私も同じようなタイプだから、若い頃は「人付き合いマニュアル」みたいなもので勉強したりしつつ実践していた感じだし、「セオリーを学ぶ」ことで生きやすくなったから、あれこれと「世間一般ではこうですよ」「もしかしたら誰々さんはこう思った可能性はないですか?」とヒントを出してしまうんだけど、本来ならそれって「実践」で本人の中で学び体系立てて行くものなのだろうなとは思う。
自分自身が「実戦で学ぶ」でだいぶ苦労したし、周りを不快にさせることも多かったからな・・・と思って、せめて未就学児の間はあれこれ教えていこうかなと思ってるけど、その先はまだ考えてない。
「周りの子は親が口出さなくてもできるようになる」はあるんだけど、我が子の場合はそれで誤解されて突き進んでしまうからな・・・と年少クラスの時に私が学んだ。
子どもを信じていくのだ
まぁそんな感じで、「嘔吐しました」でお迎え、話を聞いてみると、「ぐにゃっとしたリンゴが入ってたからオエッてした」という事件もおき・・・「いや、君!それ先生に言ってくれるゥ?」と思うけど、本人もパニックだし先生もてんやわんやだし、それどころではないのだろう。
この前下痢でウンコ漏らした時も、パニックになってそのまま遊び続けようとしてたからな。
いや、それは隠しても被害が広がるだけや!
誤解されやすいと思う我が子なんだけど、親としては出来る限り味方で居続けるし、少しでも生きやすくなるように助言はしていこうと思う。
ちなみに夫は「そんなの無視すればいいじゃん」とかサラッと言って、明らかに本人が悪い時は「そういうことすると鬼が来るよ?」だったりする。
まぁ、それは父母で異なるアプローチということで、私は私のやり方で子どもを支えていくのだろうな。
はぁ・・・これからのLINEグループがどうのこうのとか仲間外れとか、そういうアレコレに対して胃がキリキリするわ。
いや、私がキリキリしてどうするんだって話なんだけどさ。
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