
こんにちは、ドクダミ淑子です。
最近、色々と考えているのです。
果たして人間の、特に仕事における能力って、どこまで伸ばすことが出来るのだろう?と。
逆に限界はどこにあるんだろう?ということも併せて考えている。
・・・というのも、私が面倒を見ている20代後輩ちゃんに対して、「適切な教育をすれば伸びるだろう派」と「人には限界があってこの子はこれ以上伸びないだろう派」がいるからだ。
そして私は、後者を主張している。
つまり「適切な教育をすれば伸びる」と希望を抱いている人が別にいるということだ。
希望は捨てない・・・のか?
いやいや、そう思うんだったらあなたが教育してくれますか?と思うんだけれども、その人は先輩なのでそんなことは言えない。
私も意外と気遣いできる女だったりするのだ。
自分で言っていたら信憑性に欠くけれども。
まぁ、最低限、そのくらい「言いたいけれども言えない」はある。
それに、「人の無限の可能性を信じている」って素敵なことじゃないか。
私は「人の能力には限界があるし、ひとそれぞれ限界値は違う。そして彼女はすでに彼女の中での天井に達している」と思っている。
つまりこれ以上伸びない、可能性など信じないということなのだから。
こればっかりはもう宗派の違いなのではないか?と思っている。宗派が違う中で論争をしても意味がなく、もう「あなたはあなたの考え、私は私の考え。双方否定せず、まぁ上手くやっていきましょうや」と思うしかないと思っている。
もしかしたら希望を捨てずにしっかり教えていれば、彼女も成長するかもしれな・・・いや、それはないな。
努力は人を裏切らない?
でもそうやって色々考えていると、昔々に私の先輩たちは、ポンコツかつクソ生意気な新人だった私を見捨てず、なんだかんだで育ててくれたことを思い出すを
件の先輩ももしかしたらそういう経験があったのかもしれない。
だから、私も心の底では「見捨てずに育てたい」という気持ちは無きにしもあらずなのだけれども・・・
いかんせん、こちらの話が伝わらないというか・・・困った。
最近だと、「フランチャイズ」という意味がわからず、色々説明したんだけれども結局伝わらず、「つまり、本社っていうのはファ●マの本社じゃない本社なんですか?(なぜ?)(なぜ?)」みたいな感じになった。
うん、さっき「フランチャイズ契約」って説明したし、もっとかいつまんで「別の会社が、看板を貸してもらって商品を借りて売っているみたいな感じ」と言ったんだけれども、それでも「でも店舗名はファ●マなんですよね?(なぜ?)(なぜ?)」ってなった。
うん・・・私の説明が下手だったかな?
ただ、この仕事をしている中でそういう顧客に出会わないわけがないし、単に「世の中の仕組みに対しての感度が低い」のだと思う。
セブンがある、ローソンがある、ファミマがある・・・以上!って感じで、その中で誰がどんな風に店舗を回しているのか?なんてことに思考回路が行かないのだろう。
まぁそれは仕方がない・・・というか、そんな根本から教えられる暇もない、残念ながら。
もう、努力とかで超えられる壁ではないのではないか?
努力をするにしても、社会人になるまでに「学び」に対する適切な土壌が育っているかどうか?というのが問題なのだと思う。
疑問を持つこと
今まで私が面倒を見ていた子たちは、そういうタイプが多かった。
なんでこういうことに疑問を持たずに今まで生きてこれたんだろう?と私なんかは思ってしまうんだけれども、実際そういう子でも生きていける世の中なのだ。
時速60kmで走る自動車が5km先にある目的地まで行くとなると何分で行けるか?それはGoogleマップのナビが調べてくれる。
なんなら住所がわからなくても、間違った店舗名を入れても、なんとなくでGoogleさんが修正してくれるし、「雨が降りそうな空気だぞ」なんてわからなくても天気予報を見なくても、雨雲レーダーが教えてくれるし、なんだかよくわからないけれどもCMを見ればポイントが貯まる・・・そこに「なぜ?」「どうやってお金が動いているのか?」なんてことは考えなくてもいいのだ。
だってそういう世の中だから。
なぜ?を育てたい
色々考えると、幼児期に「なぜ?」を考えさせることってすごく大事なんだろうな・・・と思う。
なんでだろう?を考える癖をつけるということが、世の中の解像度を上げていくし、自分の理解度を上げていくことなんだろうな・・・と思う。
彼女たち(私が教育担当につくのは女の子が多い)は、いったいどういう幼少期~学生時代を育ってきたのだろうか?きっと、友達からのクチコミとかで便利なアプリを見つけて、それを使いこなして生きてきたんだろうな・・・とは思う。
そんなことを色々と考えてしまう。
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