ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚40代女、ドクダミ淑子の毎日

こんな面白い生き物が私の中から出てきたとは思えない

こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

子どもを見ていると、時々不思議な気持ちになってきます。

なんでこんなに面白い人間が我が家にいるのだろうか?と。

 

しばらく考えて、「あ、私の腹から出てきたのか」と思い出す。

 

こんなことを書くと、とうとう頭がおかしくなったのか?と思うかもしれないけれども、この「いつの間にか面白い子が家にいるようになったな」という感覚は持ったことがある人もいるんじゃないだろうか。

 

 

自分が産んだという感覚が日々減っている

子どもは毎日「よくもまぁ、こんなことを思いつくもんだな」ということを繰り出してくる。

毎日手を真っ黒にしながら、いろいろな工作を持って帰ってきて、「これはパクパク」とか説明してくれる。

それに驚き喜び、少ししてから、約5年前に自分がこの子を産んで、そこから赤子の頃から今まで育ててきたのか、と思い出す。

 

なんというか、「自分が産んだ」の手柄の部分なんてすっぽり無くなっていて、コウノトリが服を着せたまま運んできたと言われても「まぁそんな感じだったかもな」と思うくらいになっている。

 

これは私があんまり「私、妊婦!」「マタニティライフを楽しむ!」とかやっていなかったからかもしれない。

今覚えているのは腹をドンドコ蹴られていたことと、朝起きると足が攣ったことと、健診後にラーメンを食べるのをルーティンにしていたことくらいだ。

・・・と書いていると色々思い出してくるんだけれども。

 

とにかく、「私が!この子を!生みましたぁっ!」という感覚はほぼ無くなっていて、そんなんだから「生んで良かったと毎日思う*1」なんてこともない。

 

 

小さな私?

そんな私の「面白いなこの子は」という感覚とは裏腹に、子連れで昔からの友達と会うと、「似ている」と言われる。

 

顔は夫に似ているはずなのに、「雰囲気が似ている」とか、「動きが似ている」とか。

挙げ句の果てには「ちっちゃい淑子がここにいるような感覚になる。不思議な感じ」とまで言われた。

本人同士はそう思わなくても、周りからは「似ている」と思うのが親子というものか・・・と思うと、こっちが不思議な感じになってくる。

 

これは私と子どもだからであって、パパと子どもだとそういう感じで見られないのだろうか?

そんな文脈で、友人が「小さい彼氏みたいに感じてるもん」という話をしてきた。

私には小さい彼氏という感覚はないな・・・それでいうと、たしかに似たもの同士、兄弟みたいな感覚の方が強いのかもしれない。

 

 

衝突が増えてきたので

・・・と、あれこれ考えるのは、最近ちょっと、5歳と揉めるシーンが増えてきたというのもある。

「他人なんだな」という感じが増してきたというか。

 

私の意思とかこうしたいとかとは関係なく、本人には本人の意思がありやりたいことがあり、それが私や家族全体と違う時に、どうやって言葉で伝えてお互いの意見をすり合わせるか、みたいなことに毎日苦労している。

なので、「似ている」「同じ雰囲気」とか言われると不思議な気分になってくるのだ。

こんなに似ていないのに!と。

 

日々「減らず口を叩いて!」と思ってイライラすることも、「面白いなぁ」と感心することも同じくらいあって、そのたびに、「親の顔が見てみたいわ・・・あ、私か!」みたいなことを繰り返している。

 

「子育てはまた新しい章に入った」という気がしてきたな。

 

 

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*1:はあちゅう先生の「私は息子を愛しています」の表現の1つ。毎日思うから何なんだ?と思うし、そこまで「私が産みました」を毎日噛みしめているのがすごい。