こんにちは、ドクダミ淑子です。
「東京に執着する人間」というのを、私はこれまでの人生で何人か見てきた。
東京まで頑張れば90分くらいで到着する片田舎の私の地元の友人でも、その他もろもろでも。
彼ら彼女らはとにかく「東京の地面に足をつけている自分」のようなことに価値を感じていて、現住所や職場などで「東京」を求めていた。

東京にこだわる理由は
なぜそんなに東京にこだわるのだろうか?と聞くと返事は曖昧で、「埼玉や千葉なんてダサくて嫌。神奈川は横浜だけはギリギリ受け入れられるかもしれないけれども川崎は無理、でもニコタマなら東京ということにして受け入れることも可能」みたいなよくわからん返事が返ってきた。
「私、生まれも育ちも東京なんです!だから働くのも東京以外は嫌!」と言っていた子の地元が江戸川区鹿骨*1あたりで、「彼女の言う東京の定義」について少々考えたりもしたけれども。
実は都会に親戚がいました
かくいう私は、実は祖父母の家が山手線の内側にある人間だったりもする。
実家は片田舎、祖父母の家は超都会という珍しいパターン。
だから以前祖母が亡くなったという話を書いたけれども、その前は何度もデートスポットやらキラキラスポットやらがある駅に降り立ち、そこでおしゃれな花を買ってお見舞いにいったりしていた。
病院に向かう道に多分有名なんだろうなみたいなお店がいくつもあったけれども、「やっぱり都会でも人が病気になり入院する、そして家族がお見舞いに行くというのは変わらんな」と思ったりもした。
両親は両方とも東京生まれ東京育ちで、大人になってから自然豊かな場所で子育てをしたいと思ったのかもしれない。
そして私はまた都会住まいをしている。お互い無い物ねだりなのかもしれないなと思う。
東京へのこだわりが理解できない
さて、そんな私だからこそ、「東京への異常なこだわり」みたいなのを、あまり理解出来ないのかもしれない。
どちらに生活することも理解しているから、「実態のないなんとなくキラキラした憧れ」みたいなものがあんまりピンと来ないのだ。
生活するのは別にどこでも一緒で、細かな部分でそりゃ、田舎と都会はいろいろ違うけれども、少なくとも「東京じゃないとダメ、それ以外は人の住む場所ではない」みたいな『翔んで埼玉』かよ!?みたいな極端な思想は、いやいや、それはこだわりを超えて何かの病の一種じゃない?と思ってしまう。
それは私がある程度「東京を知っている」人間だからかもしれないけれども。
定期的に出てくる東京にこだわる人間
でも、そんな私の「わからんな~」という気持ちとは関係なく、定期的に、どこかの方面から「東京に異様なこだわりを持つ人間」が出現する。
生まれた病院から旦那さんの職業まで女のマウントがどうのこうのなんて記事を見たけれども、逆にそういう「ステータス」「ブランド」で常に生きている世界なんて大変だなと思う。
まぁでも、彼ら彼女らは東京で働き、東京で酒を飲み、東京の家で寝られれば(もしくは東京のシティホテルあたりで過ごせれば)心が満たされるのだろう。
逆に考えれば「足の置く場所次第で心が満たされる」ならお得なのかもしれない。
別に武蔵浦和でも武蔵小杉でも武蔵小山でも武蔵小金井でもあんまり変わらないけれどもな・・・と思うけれども、きっと彼ら彼女らからすれば、武蔵小山>武蔵小金井>武蔵小杉>武蔵浦和なんだろうな。
想像だけれども。
「東京ってなんなんだろうな」と、東京の持つ魔力がちょっと怖くなる。
こちらもどうぞ
*1:「ししぼね」と読みます。