
こんにちは、ドクダミ淑子です。
先日、「危なっかしいな」と思っていた後輩ちゃんに、コンプライアンス研修と称してお話をしました。
「重大インシデント」から「コンプライアンス違反」「懲戒事例」まで、わりとリアルな話を、私の巧みなトークで引き込ませるような話を。
「自分事」だと思って欲しかった
なぜこれをやったかというと、彼女が過去自分がやらかしたことに対して反省をしておらず、「このままだと、また同じようなことをやらかすだろうな」と思ったからです。
上司は「対策として個人情報保護のeラーニング受講と試験受験」とか言っていて「試験受けてもらったからその他の知識などは必要ない」と言っていたけど、勉強した知識と実際の業務と自分のやっていることの危うさが結びついていないから、「学校で習う、実際の生活に使わないモルの世界」みたいな感覚になっている気がした。
そんな感じだったので、「クリック1つで人生が(悪い方向に)変わった話」を、引き込む系の話し方で語った。
私は、阿良川あかね・・・!
ドドン!
『指とめ(この指とめよう)』
「事の重大さに気づいた」と言われたけど
効果はばつぐんだった。
そう、私はネットだけで饒舌なのではなく、現実世界でもよく喋るのだ。
私の知っている範囲でも、色々な悪いことが起こったり、ひっそりとクビになっている人がいる。
ただ、それが最近の「若い子は素直で良い子が多いなぁ」で、伏せられていることが多い。
その事例を、ぶつけた。
彼女からは、「自分のやっていることの危なさに気づきました」「確認することの大事さを学びました」と言われました。
うんうん、私の脅しトークがよく刺さっているね。
でも、この気持ちがずっと続くわけでもないのも、私は知っている。
ものすごい衝撃を与えられても、しばらくは気をつけるかもしれないけど、そのうちまた気が抜ける。
そしてまた同じことを繰り返すのだ。
なので、定期的に話ししていき、また同じような事件が起こりかけた時(起こった時)に、本人が心から気づけるかどうか?というのが重要なのだ。
とりあえず今回は、「あ、これ、ドクダミさんが言ってたやつだ」と思えるように、「心当たり」を作ってみた。
「知ること」の良さと悪さ
しかし、こうやって「過去にこういう事件があった」「こういうことをして懲戒解雇になった」と教えるのも一長一短だなと思った。
「こういうことをしないように気をつけよう」となるなら良いんだけど、「そうか、こういう悪事のバリエーションがあるのか!」とアイデアを与えてしまうというのもあるだろうな、と。
「この悪事がこれでバレたなら、ここをアレンジすればバレないんじゃないか」となったら、元も子もないんじゃないか?
色々と考えると、何が正解なのか、どうやって防ぐのか、というのは、なかなか難しい問題ではある。
まぁでも、大人なら、「知った上で実際にはやらない」にならないといけないのだけれども。
公開することのリスクは意識しつつ
まぁ、私も危ない橋を渡ってきたのは自覚しているし、このブログだってリスクっちゃリスクかもしれない。
でも、最後の最後にブレーキを踏めるかどうかというのは、大切なことだと思うんだな。
「最後のブレーキ」という意味では、私は常にスッと引くことも選択肢に入れている。
たとえ、逃げたと思われようとも。
ただ、それって「これを公開したら危ないかもしれないな」とか「とりあえず勢いで公開するのは止めよう」と思える感覚が大切で、その感覚を養うことも大事なんだろうな・・・と、はあちゅうの止まらないトンチンカンな男女論のレスバを読むと思う。
そんなことを、「BeRealで銀行内部をアップ」「SNSで進行表や研修資料を大公開」「ディズニーを同人誌に載せようとしたら印刷拒否された!」などなどが起こる、2026年の春に思ったのでした。
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