こんにちは、ドクダミ淑子です。
私は常日頃から、「家事も育児もテキトーでいい」と主張しているのですが、それは「家事を完璧にやろうと思うと行き詰まる」というのを身に染みて経験しているからなのです。
自分の実家で。
ワンオペ育児で発狂
私の実家はなかなかのものでしてね。
私を含めた聞き分けのない年の近い子ども達(3人以上)のワンオペ育児でした。
父は帰りは20時くらいで、一緒にお風呂には入っていた記憶はあるけど、それでも夕方〜夜の時間はカオスでしたね。
そんな中、聞き分けのない子どもと発狂する母と・・・とやっていました。
まぁ、今思えばあの時期の母は大変だったんだなと思いつつも、じゃああの場で私が母親ポジションだったらもっと上手くやれたんじゃないか?とか考えたりもする。
まぁ、こちとら1人っ子でヒーヒー行っているのでそんなに上手くできる気がしないんですけどね。
そんな感じの環境で、おそらく母親は「あの時は必死だったから覚えていない」と笑うのだろうけれども、まぁ本当に必死だったのだろう。
自分が親になってからわかる面もある。
古の風呂キャン
さて、そんな幼少期でしたが、時々、こういう冬の寒い日だと、こんな号令がかかったものです。
「今日は、お風呂パスね!」
「パス」という、そんな軽い言葉で、子どもたち&母の風呂はなくなっていました。
まぁそれだけ風呂というのが消耗するイベントだったのだろうな。
回数としてはそこまで多くは無いけれども、「お風呂パス!」は少なくとも合計30回は開催されたと思う。
古の風呂キャン勢だったのだ、私は。
まぁ、もっと昔だと「毎日風呂に入る」というのがなかっただろうけれどもね。
ちなみに、夏は「今日はシャワーで」もありましたね。
まぁわかる、シャワーだと「洗う」「出る」で済むからな・・・

風呂に入らなくても死なない
そんな感じで育ったので、「風呂に入らなくても死なない」というのが経験として定着している。
そうなのだ、1日くらい風呂に入らなくても、死なない。
公園を走り回っているような小学生達でも、「お風呂パスね」と片付けてしまいたくなる時があってもいい。
そんな経験が、私の心を強くしているのかもしれないな・・・とふと思ったりもする。
(別にそんなにいい経験でもないが)
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