こんにちは、ドクダミ淑子です。
うちの子を見ていると、ものすごく繊細だなと思う時と、ものすごく無神経だなと思う時があって、親としては「このシーン、この子はどう捉えているのだろうか」と思うことがある。
たとえば、あることに対してものすごく繊細に受け取るんじゃないかと心配になって構えたりするんだけど、そういう時に限って何も気にしていなかったり、逆に私が全然気にしていなかったことをものすごく深刻に受け止めていて、後からシクシクと泣き出したりして、なんだかその落差みたいなものに私が驚いてしまうことがある。
・・・今、いい事例が思い浮かばないのが申し訳ないけれども。
ギャップがすごいのよ
今までわりとボケーっとしていることが多かったし、ボーっとしすぎている件で保育園から面談の申し出があったりしたので、そのギャップに面食らっていることもある。
そういえば、先日実家に帰って庭のプールに地元の友人を招いたという話を書いたけれども、その時なんかもギャップがすごかった。
最初はかなり警戒して大人しくしていたけれども、「どうやらこの子たちは優しいみたいだぞ」と察してからはジャイアンになったし、ばぁばに対しても「この人はここまでやっても怒らないぞ」と判断されてからは、文字通り「ウェーイ」と言いながらスーパーを走り回ろうとして、そしてばぁばにキレられてしゅんとしてそこからは大人しくなった。
ハハハ、うちのばぁばは仏タイプではなく、普通に怒鳴り散らして発狂するタイプだぞ、我が子よ・・・
そんなこんなだから、きっと「加減」というがないのだろうと思う。
0か100か。
大騒ぎするか無言でうつむいたりボーっとアナザーワールドに飛んでいるか・・・
いや、真ん中が欲しいんですけれどもね。
そして「叱られる」「怒られる」ということには敏感に反応する・・・と。
こう書いていくと、結構大変なのかもしれない、私の子育てって。
フラットに見るということ
そんな感じで、子どもの情緒と言動とテンションがジェットコースターになる4歳児の我が子の育児においては、「この子はこういうタイプである」みたいなことを決めつけない方がいいだろうな、と思う。
私だってものすごくセンシティブになる部分と、逆に無神経になる部分なんていうのはある。
子どもだって同じだろう。
だから、「この子ならばこういう風に感じるはずだ」みたいな風に思わず、その都度その都度で、子どもの表情を見ながら、今どういうことを考えているのか?ということを見ていくのがいいんだろうな。
あんまりにも驚いたり怖がっている顔をされると、「不安になりそうなことは予め取り除いておこうとか思ってしまうこともあるんだけれども、そういうことはせずに、どんな反応・どんな感情であっても受け止めるのが親の役目なのだろうなと思う。
とにかく、私の子への見方をアップデートするというか、多分今までのこととかを置いてフラットな目で見ていくことが大事なんだろうな・・・と改めて思う。

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