
こんにちは、ドクダミ淑子です。
弊社ではオウンドメディアの運営みたいなのもやっています。
自社でやったり、他社の支援をしたり、まぁ色々。
私はこんなくだらないブログを運営していることは秘密中の秘密なので、「オウンドメディア?ブログ?まぁ時々は読んだりしますねぇ」くらいの、コイツいまいちわかってねぇな的なリアクションをしています。
まぁそれでも、本好きは公言しているので感想を求められたりして、それなりに意見したりはしているので、全く仕事をしていないというわけではない。
さてそんなオウンドメディア運営ですが、最近急速にAI化が進んでいるのです。
5年前は全部手で書いていたけどな。
当たり障りのない記事が秒で出来る
「プロンプト組んだ」
ある日、AIに脳みそを支配されている疑惑の上司がこう言いました。
「ちょっと前までプロントだと思ってた」
それはコーヒー屋ですねぇ、とツッコミを入れながら、上司の作ったプロンプトで動かしてみました。
「キーワード1つ以上と参考にしてほしい調査資料をぶち込めば、関連情報を調べて識者の見解までつけた記事を作ってくれるんよ」
ほうほう、こりゃ便利ですね。
それなりの記事が秒で、本当に1分未満で出来上がりました。
多少誤った情報が出ているのでそこは修正依頼をして、出来上がり。
「校正やってくれるツールもあるから、そっちに入れるだけでもいい」
ほぼ人の手を使うことなく、記事が量産できました。
「これ、ライターさんの仕事なくなりますよね」
「知識のないライターさんに教えながらやるよりも正確だからね」
「わかる・・・」
私も時々、「それなりのお金払っているんだから自分で調べてもらえません?」と思うことがある。
けれども、ネットリサーチっていうのもある種のスキルなのかもな。
はあちゅうさんの「私は検索が得意」発言の是非については置いておくとして。
AIが記事を書ける時代、人は何を書くのか
まぁそんなこんなで、「それなりの」「それっぽい」記事なんかはAIに任せられる時代になったんだなぁと感じました。
では、その中で私達は何を書くのだろうか。
・・・当たり障りのあるものを書くしかないんだろうな。
AIが書く文章は美しく、礼儀正しく、トゲは無い。
そういうのも時と場合によって受け入れられるシーンはあるだろう。
でも、人が欲しいのは「情報」だけではない。
それを実践してどう思ったとか、どこでどう感情が揺さぶられたとか、一緒に行った人は楽しんでいたかどうかとか・・・とにかく「付帯情報」みたいなものがどれだけあるかっていうのが重要だと思うんですね。
旅行ブログでも、オススメコースとか周辺で人気の飲食店なんかはAIが見つけてくれる時代になっている。
でも、その中で何を見て、どう感じたかというところに人間の価値があると思うんだよな。
んで逆にね、そういうことが書けない人はどんどん淘汰されていくと思うの。
いや、個人が好きで書いているだけなら「淘汰」も何もないんだけど、誰かに見てもらうことでモチベーションを保ったり、サイトから収益を得ることを狙っている人はやっていけなくなるわけ。
「〇〇に行ってきました、楽しかったです」は、AIでも書ける。
そうじゃなくて、人間は「誰と」「なんのために」そこに行って、実際行ってみて「何を」感じたのかをちゃんと書かないとな、と思う。
自己満足で好きなこと書けばいいじゃん
そんなことを書いたんですけどね、結局私は回り回って、好きなこと書けばいいじゃん!と思ったわ。
「情報」だけならAIに任せておいて、「俺はこういう人間だ」を書くなら全面に出していくべきよ。
ご近所トラブルとか旦那と揉めたとかママ友トラブルとか、やっぱそういうのも面白いもん、ゲス人間だから。
だからさ、当たり障りのない記事なんてAIに任せて、俺たち人間はトッゲトゲのことを書いていこうぜ!と思いました。
こちらもどうぞ(結構好きな本)