こんにちは、ドクダミ淑子です。
今年の夏、我が家はプール三昧で過ごしました。
そのうちの数回は、実家のデカプールで遊んだのですが、さらにその中で2回は私の地元の友人を招待したりして遊んでいました。
まぁ、うちの子1人だけのためにデカプールを出すのは、水がもったいないし、他の子が来ても全く問題ない広さだからな・・・
ちなみに買っているのはこんな感じのもの。
膨らます式のものを買う場合は電動空気入れは必須。
|
|
うちの母も、私の幼馴染みたちの子どもを見て嬉しそうにしているし、やってよかったなぁ、と2回とも思った。
自分の労力に気づく
来てくれた友人達は、毎回ちゃんとした感じの手土産を持ってきてくれていて、私は「律儀だなぁ、そんなことしなくてもいいのに」と思っていた。
けれども、2回目の時、1人で片付けをしていて、ふと思った。
「たしかにこの準備と片付けはしんどいぞ?」と。
朝早くから起きて、プールの設置をし、空気入れをセットし(見ていたり抑えていないと空気入れが抜けることもある)、プールを洗ってから水を入れたり、おもちゃを用意する。
片付けはこの逆で、干してから畳むという動作も追加になる。
1回目は私が元気だったからか、そんなに大変だと思わなかったけど、2回目は私も3時間くらい子どもと水に入って疲れていたからか、ちょっとしんどさを感じた。
「準備も片付けもお任せで申し訳ない」とLINEをもらったけど、たしかにそう言われてみれば、そうだな。
まぁでも、招待するってそういうものだよね?
ギバーゆえに?
多分私は、特に遊びにおいては、根っからのギバーなのだろうと思う。
子どもが楽しんでくれて、周りも楽しくやってくれるなら、自分も楽しくなるし、そこに至るまでの労力とかはあまり計算に入れない。
「自分の楽しさ-自分の労力」という式ではなく、「周りの楽しさ+自分の楽しさ」で満足度が出てくるから、ほとんどのイベントが「楽しかったな」で終わる。
それにさらにお土産をプラスしてもらっているから、「めっちゃ楽しくてお土産までもらえてラッキー」ですごくいい気分で終わる。
あんまり自分のテイクのことを考えないので、基本的にイベント系はハッピーな感じで終わる。
これってすごく幸せなことなのかもしれない・・・
相手の労力には敏感にならねば
ただ、こういう私だからこそ気を付けないといけないなと思うことはある。
それは、相手の労力や手間などについては、きちんと気遣いをしなければということだ。
世の中には私のような考え方ではなく、とにかく自分の労力を重く考える人だっているし、体力気力的になかなかそれをやるのがしんどい人だっている。
はあちゅう先生を見ていると、自分が他人のために動くことはすべて労働だと思っているんじゃないの?と思うようなシーンもある。
そこまで行くとまた極端な例だけれども、世の中には色々な人がいるのだから、自分自身と比較することなく、ありがとうの気持ちとお礼の品物はしっかり持っていかなければいけないなと思う。
来年もやりたいデカプール
そんなわけで、今年の夏は、子どもを楽しませつつ、自分の旧交を温めることができた。
来年もプールがまだ健在だったら、実家でまた知り合いを集めてワイワイやりたいなと思います。
こちらもどうぞ