こんにちは、ドクダミ淑子です。
5月の頭に「館シリーズ」にハマりまして。
それまでミステリー迷子だった私は、「これだ!」とガチッとなってしまったので、そのまま貪るようにシリーズ既刊9作、文庫本14冊分をものすごい勢いで読みました。
そして、その祭もあっという間に過ぎ・・・さて、どうしよう?と思った時に、積読にしていたこちらを読みました。
それが、『カフネ』。
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そうそう、『一次元の挿し木』と同時期に購入して、そこから「俺の好きなミステリーを寄越せ!」となってしまったんだよな。
どんな内容なの?
公式サイトによると、こんな物語です。
一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい。
やさしくも、せつない。この物語は、心にそっと寄り添ってくれる。最愛の弟が急死した。29歳の誕生日を祝ったばかりだった。姉の野宮薫子は遺志に従い弟の元恋人・小野寺せつなと会うことになる。無愛想なせつなに憤る薫子だったが、疲労がたたりその場で倒れてしまう。
実は離婚をきっかけに荒んだ生活を送っていた薫子。家まで送り届けてくれたせつなに振る舞われたのは、それまでの彼女の態度からは想像もしなかったような優しい手料理だった。久しぶりの温かな食事に身体がほぐれていく。そんな薫子にせつなは家事代行サービス会社『カフネ』の仕事を手伝わないかと提案する。食べることは生きること。二人の「家事代行」が出会う人びとの暮らしを整え、そして心を救っていく。
ずっと「山奥の館での殺人事件」みたいなのばかり読んでいたので、人が殺されない物語が久しぶりだったんだけど、冒頭の「出会い」のシーンからぐいぐいと物語の世界に引き込まれて、一口食べたらその美味しさに我を忘れてかき込んで食べてしまい、気づいたら最後の一口になっていた、みたいな状態になっていた。
とても読みやすく、でも味わい深い一冊だった。
野菜だけでじっくり出汁をとったスープみたいな、丁寧でシンプルで、でも味に深みがあり、なんだか心まで温かくなるような、そんな一冊。
絡まった糸をほぐすのは
家事代行をしながら、またその前後の物語の中で、たくさんの人が出てくる。
皆それぞれ、信念があって理屈があって、これまでの人生があって、人間関係があって・・・それぞれが生きている。
誰もが間違っているというわけではなく、誰もが一所懸命に生きているんだけれども、その中で「生活の糸」みたいなものが、いろいろな形で絡まってしまっている。
「一所懸命」故に絡まっている、ということもあるかもしれない。
そういう状態をほぐすきっかけになるのが「食」なのだ。
「久しぶりに他人の作った温かいご飯が食べられた」「そういえば自分はこの食べ物が好きだった」「小さい頃に家族と食べたなぁ」「一緒に食事を作るのって楽しいな」・・・様々なな気持ちを「食」が彩っていく。
そして、少しずつ皆が前に進んでいく。
ついでに、ちょっとした「謎」みたいなものもあって、話が進むたびに少しずつ、真相に近づいていくのも面白かった。
誰があの子を癒やすのか?
「誰」とは書かないけれども、この物語の中では、「癒やす人」と「癒やされる人」という構造があった。
「癒やされる人」は、「癒す人」に対して、無尽蔵に愛があって、他人を癒やすことだけで癒やされる、というような誤解をしている。
それは、「癒やす人」がそんな風に思わせるような人だからなんだけれども。
でも、人間やっぱりどこかで、誰か(または何か)に癒やされたいのだ。
霞ばかり食っていて、米を食べないで生きていけるわけではないのと同じように。
「あの人」はきっと、「食」に、そして「あの子」と一緒にいることが癒やされたのだろうなと思う。
そういうアンバランスさを見て、「負担(と本人達は思っていないのかもしれない)」を一方的にかけさせないっていうのは大事なんだろうなと思った。
要は、あの人が優しいから調子に乗るな!ってこと。
(でも、優しい人は本当に優しいから、なんだか難しい)
というわけで、卵味噌
こういう物語を読んでいると、「作ってみたいな」と思うものがある。
今回は、物語のキーとなる、アレが作りたいなと思った。
卵味噌。
聞いたことも食べたこともなかったから、どんな味なのかもわからないけれども、サイトを見つつ、ちょっとやってみようかなと思った。
これもまた、食に関わる小説の醍醐味だよね。
読んだらお腹が空いてくる、あのメニューを食べてみたいと思う、っていう。
ここに出てくる食事は、子どもでも作れるようなもの・いつもの食材にちょっとアレンジをしたもの・ちょっとしたご馳走メニューなど、様々なものがある。
どれも、作っているうちにその匂いでワクワクするようなものばかり。
私もたまには、そういう「特別なごはん」を作りたいなぁ、と思ったのでした。
追記:作ってみました。

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