こんにちは、ドクダミ淑子です。
朝、ジムに行く道端で、紫陽花を見かけました。
まだ6月も初旬だというのに、暑さのせいか枯れつつあって、どうしたものか・・・と思いながらも、「紫陽花って不思議だよなぁ」と撮った写真がこちら。

そんな中、Xで「息子と紫陽花を摘んでガラスの器に水張って浮かべた」みたいな写真をアップしている人を見ました(現在は削除済み)。

誰かが育てた花を摘むとは何事か!というリプに対し、「許可取ったもん!常識の範囲内でって言われたもん!」「子どもはきれいな花を観察するのが好きなんだもん!」とやっていたのですが、結局削除したようですね。
その他、この方の息子さんはキラキラふわふわなお洋服が好きなようで、スカートを履きたい・ワンピースを着たいという息子さんへの葛藤や、その後ふっきれたのか、「キラキラプリンセスが好きな女児」のような服装をした写真を顔スタンプ付きでたくさん掲載していました。
うーん・・・どうなんだろう?と思ってしまった。
実行すること/SNSで公開することは大きな差があって
私はどちらも、好きにしたら?と思っている。
観察のために生きた花を摘んで持ち帰るのも、施設の人が許可しているならまぁご自由にだし、男の子がワンピースやスカートを履いて髪の毛を伸ばして結ぶのも、別にいいんじゃない?と思う。
ただ、それを「ネットで公開すること」については反対派。
リアルで、近所にちょっと変わった子がいるとかはよくあることだけど、その地域の方が優しく見守ればいい。
でも、「うちの子は!他の子と違うんです!でも!これが!ありのままなんです!!!」と親が全世界にアピールするのってどうなのよ?と思う。
もしも子どもが、小学校に上がるタイミングで「もう女の子の服を着るのはやめる」と言い出したら?
その公開した写真、それを見た小学校から一緒になった友達、彼のことをあまり知らなかった人達はどう思うんだろう?
・・・ということを全く考えていなくて怖いなと思ってしまう。
各自でどこにも公開せずにやっていれば、「まぁそういうこともあるだろうよ」で済むことも、SNSで公開したら批判の嵐、なんてよくあるだろう。
私も子どもの頃にアリを水攻めしたりそれ以上のことをしていたけど、それをわざわざ写真撮って「アリをやってやりました」と公開したらどうなるか?
命を粗末にするなって言われるに決まってるだろ?
だから、無闇矢鱈に公開するものではないんですわ・・・
そんな意味づけされましても
だいたいこういうことを書くと、「同じような子の力になりたい」とかそういう大義名分出してくる人もいるだろうけど、そうやって公開することが身近な人を傷つけるかもしれない行為だということをどう思っているのだろうか?と不思議な気分になる。
遠くの存在するのかわからない人達の心の支えになることと、近くの最愛の家族の心を壊す可能性があることの、前者を優先してどうするんだよ・・・
そういう意味で、「息子が暴力振るってつらいけど、同じような人の心によりそいたい」みたいなブログ書いている人も眉をひそめてしまう。
いや、寄り添うべきはそこじゃなくて、息子と自分自身だろ・・・
なんでそういう人達って近くの身内よりも、遠くや広くの他人のことばかり見ているのだろうかと思ってしまう。
SNSに公開することは、壁を越えること
話は戻って。
私は、SNS含めたネットに自分以外のことを書くときには、改めて「本当にその壁を越えてもいいのか」を考えるようにしたいと思う。
一度出たものは消そうともどこかに残るしね。
壁の内側なら何ともないことも、外に出した瞬間に見られ方・受け止められ方が変わることなんて往々にしてあるから。
誰もが共感してくれるわけではなく、当然うるさい意見や批判も飛んでくる。
それを受け止めるのが大人で、発信した自分自身ならまぁいいかもしれないけど、自分以外の家族に着弾するのはつらい(と私は思うんだけどな)。
今回の、「はあちゅうとかつて鼎談していた」人が燃えたかと思うと、やはりお仲間は同じようにネットに何でもかんでも書いちゃうんだな・・・と恐ろしくなりました。
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