
こんにちは、ドクダミ淑子です。
保育園の入園書類やらなんやらを提出するために書類作成仕事をしている、今日この頃。
SmartHRのお陰で年末調整もポチポチっと出来る中、こんなに手書きの書類を書くのも珍しいよな・・・と思いつつ、アレルギーやら登降園の時間の申請書やら、色々と書いていてふと思ったことがあります。
それは、こういった書類の署名欄に自分の名前を書くか夫の名前を書くかということです。
前回は夫に署名させていましたが
1つ目の保育園に入園する時は、私が全ての署名を整えて、最後の署名欄だけ夫に書いてもらっていました。
なぜかと言うと、うちの母がこういった類の書類には全て父の名前を書いていたからです。
母は「世帯主」という意味で父の名前を選んでいたのかもしれませんが、私もそれに倣って最初の園では夫に名前を書いてもらっていました。
しかし、よくよく考えたら「保護者署名欄」なんだから、別に父親じゃなくて母親でもいいじゃないかとある日気づきました。
なかなか夫が署名をしてくれなくて面倒臭いなと思い始めたのです。
だいたい、署名したとしても中身は確認していないし、それだったら確認した自分が書くのが一番 スムーズじゃんと気づきました。
そこから、何でも自分が読んでチェックを入れて署名して・・・ってなったら、「確認待ち」という謎のストレスがなくなりました。
どうしてこんなに簡単なことに気づかなかったのだろうか・・・
無意識の価値観を断ち切るためには
すごい小さなことだけれども、割とフラットでいると自覚している私も、こういう家父長制的な「父が偉い」とか「父が責任者」とか、そういう価値観が染み付いているんだなとふと思った瞬間だったのです。
まぁこれって、自分の母のやっていることをそのまま踏襲するのではなく、自分自身でよく考えて、「おかしい」って思うことは直していけばいい問題だと思う。
母がやっていたことをそのまま真似する必要はないし、そこを何も疑問を抱かずに続ける必要もない。
「社会のせい」にしない
こういう、自分の中に染み付いているものを「社会のせいだ」「社会にそう洗脳されている」と言ってしまうことの危険さはものすごく感じている。
まぁね、「社会のせいだ」って言ってしまえば ものすごく簡単なんですよ。
社会のせいだから私は悪くない、社会のせいだから私が変わる必要はない!ってね。
んで「社会よ変われ」ってぼやいていればいいだけなんだもの。
いや、変わるべきは自分なんですよ。
自分の価値観とか考え方とか行動を変えればよくて。
それがもしかしたら社会全体を変えることになるかもしれないけど、「社会を変えるために」とかじゃないの。
父親も母親も家庭の責任者だと言いたいなら、自分が署名すればいいんだな、と思って色々とスッキリした。
男性にしか名刺を渡さない業者には
話は変わるけど、住宅や自動車といった大きい出費の時に、旦那さんにしか名刺を渡さないって業者、あれはどうかと思うわ。
企業同士の商談だったら、男性の役職者にしか名刺を渡さないのと同じでしょ?
たとえ役職が低くても女性でも、その人だけに名刺を渡さないとか一切見ないとかいう人が出てきたら、「あいつ、何なん?」ってなるのに、BtoCだと許されるのは変だなぁと思う。
まぁ、そういう業者は腹立つなら切っていくのが良いんだろうな。
「オレだけに名刺を渡してくれる」というこもに優越感を抱くタイプの旦那さんがいる限り、絶滅することはないんだろうけど。
まずは自分の意識から、を大切に
これからも、こうやって「あ、それって無意識な男尊女卑的なやつだな」って思うことは色々あるんだろうなと思う。
けれども、そのたびに自分の行動を変えていけば、そしてその行動に胸を張っていればいいのだ。
・・・と、保育園書類という些細なことで話が広がりに広がったけど、母親としてこれからも堂々と「私が責任者です」をやって行こうと思う。
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