こんにちは、ドクダミ淑子です。
はあちゅうさんのブログやインスタの文章を読んでいると、「なんかこの方、どんどん思考するということが出来なくなっているんじゃないかな?」と心配になります。
中身のない文章
今のアメブロの文章って、こんな感じなんですよね。
- 息子さんが不思議な行動をする→「なんでだろう…」
- 息子さんが問題行動をする→「困ったな…」
- 体調が悪い→「つらすぎる…」
あとは、「今日はここに行きました、楽しかったです」「今日はこれを食べました、おいしかったです」みたいな、小学生の日記かよ!?みたいな文章とか。
この文章量とこの内容で書き続けるって、逆に大変じゃないかと思っちゃう。
そして、中身のない文章を生産し続けることで、何か失っているものがあるんじゃないか?と色々こねくり回した文章を書く系の人間としては、心配になってしまう。
思考回路を外注している
はあちゅうさんのブログは、コメントの内容から事態が進展することも結構ある。
「なんでだろうな…」に経験談とか情報とかのコメントがついて、「わかりました!ありがとうございます!」ってなる。
答えが出たり、プラスアルファの情報がもらえたりするから、解決したり知識が深まったように見えるんだけど、それって自分の頭で考えた結果じゃないんだよな・・・
これを繰り返していくと、どんどん自分の頭で考えることがなくなり、「困ったらフォロワーに聞けばいいや」ってなってしまうんじゃないか。
私はそういうのって、すごく怖いと思ってしまうんだけど、皆さんどうなんだろう?
「自分の頭で考えなくても、答えがわかるからいいじゃないか」って思うのかな?
多くの場合はそれでもいいのかもしれない。
でも、息子さんの成長に関わる部分まで他人、それもどこの誰だかわからない人間に任せてしまっていいんだろうか?
誰かの意見を気軽にもらえるのは良いことなんだけど、はあちゅうさんの出す文章の質の劣化においては、その原因が「誰かが答えを言ってくれるから」ということから来ているように思えてならない。
それか、「とにかくアクセス数を稼ぐためには質よりも量!人生全て写真と動画におさまてすぐに出すべし」で、深く考えずに即出しすることを重視しているからかもしれない。
思考が浅くなったのか、単に無関心なのか、老化なのか
彼女の最近のアウトプットを見ていると、「浅くなったなぁ」と思ってしまう。
あとは、自分以外の人間に関しての無関心がより進んだ気がする。
息子くんが保育園で叩かれようとも、夜中に夢でうなされても、つんつるてんの服を着ようとも、まだ夏は先なのに既に足の指先まで浅黒いことにも・・・って、息子さんに対しての無関心がひどくね?
でも、本人が問題だと思わなければ、問題として顕在化されないからね。
見て見ぬふりをするほうがお得なのかもしれない。
とにかく、色々なところが鈍っているなぁと感じる。
それは思考回路の変化なのか、単に老化なのか、元々そういう人間だったのかはわからないけど。
自分の中で答えが出ないものは、外に出さない
答えが出ていないことを投げると、周りの人は「答え」をくれることがある。
それについて私はどちらかというと危機感を感じていて、だからブログには、ある程度自分の中で答えが出たものを書くようにしている。
答えが出ない状態、悩みがある状態でそれを発信して、誰かから答えをもらってしまうと、自分がそれに引っ張られてしまう。
それが「自分にとってのベストアンサー」ではなかったとしても、なんとなくそれが正しいように感じてしまう。
よく、旦那の愚痴ツイートでバズってしまうものも見かけるけど、だいたいそういう愚痴を言うと、「離婚しなよ」という人が出てくる。
実際に離婚案件だなと思うようなものもあるけど、とりあえず話し合えよって内容でも離婚離婚コールをされるとそれに引っ張られてしまうこともあるだろう。
気軽に外に出さないことで、自分の中でじっくり考えられるということもあるのだ。
そして、そういう「自分の中で整理整頓する」って結構大事だと思う。
「人に教えることで定着する」なら、「人から教えてもらったものは定着しない」のだ。
前者の積み重ねをしてきた人と、後者の積み重ねをしてきた人の10年後は大きく変わってくると、私は思うのです。

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