ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚40代女、ドクダミ淑子の毎日

あの日の記憶が薄れていく中で

こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

3月11日。

 

それは、14年前からずっと、「あの日」として、色々な形で語られる日になっている。

 

東日本が大きく揺れ、東北地方がもっと揺れ、揺れていない地域でも違う意味で「揺れた」、東日本大震災の日。

 

ただ、関東に住む私の中では記憶がどんどん薄れ始めているのも感じてしまう。

 

でも、それも仕方がないと思う。

私は今39歳で、震災を経験したのが25歳。

25歳から39歳に至るまで、結婚・引越し×2・出産・育児・・・と色々なことが起こった。

新鮮に驚くような出来事・心を揺さぶられるようなことが沢山あった。

もちろん、東日本大震災もかなり揺れたんだけれども、それとはまた別に、色々なことがあって、現在進行形で色々なことがある。

 

記憶はどんどん断片的になっていき、ハッキリと覚えていることと、今もうすでに曖昧になっていることが入り混じってきている。

 

私達は生きて、生き続けているからそうやって記憶がどんどん上書きされていくことは仕方がないし、逆にいつまでもあのショックを今日この日の出来事かのように覚えているのもよろしくはないと思う一方で、「あの日」で命が終わってしまった人もいたり、命はあっても「あの日」で止まったままの人もいるだろう。

大切な家族を亡くした人、一生を左右する分かれ道を経験してしまった人。

 

そう思うと、単純に「もう忘れちゃったよね」とは言えない。

でも実際には忘れてしまっているのかもしれない。

 

そういう意味では、「書いておく」というのは大事なのかもしれない。

けれども、この2017年夏から始まったブログの過去の3.11の日のエントリーを見返したくないと思ってしまう自分もいる。

記憶のフタを開けたくないのだ。

 

記憶が薄れていくことを「不謹慎」だと思いながらも、許容したいと思う自分。

 

2025年時点の私は、そんな地点にいる。

 

これはその年の4月に「花見自粛」の中ひっそりと友人と散歩に行った時の写真。