ドクダミ自由帳

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【本感想】「叱らない」が子どもを苦しめる 思い通りにならないはずの世界

こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

Twitter(現X)で、叱らない育児関連のアレコレが出てきた時に、ツリーにぶら下がっていたこちらを読みました。

 

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気になる本があったら、すぐ買えるのはありがたい。

 

 

どんな内容なの?

公式サイトによると、こんな内容です。

 

叱られないのに、学校がつらい
「叱らない」教育に現役スクールカウンセラーが警鐘を鳴らす一冊。なぜ不登校やいじめなどの問題は絶えないのか。叱ること、押し返すことの意義を取り戻す。

現在、不登校状態の子どもは小中学校合わせて約三〇万人。これまでは「無理させず休ませる」支援が主流でしたが、それだけでは改善しない事例が増えてきていると、現役のスクールカウンセラーが警鐘を鳴らします。

 

スクールカウンセラーが、不登校の当事者の周辺(親・学校・その他関係者)に対して、自身の経験に基づいた「子どもたちの不調の要因」やそれに対してのアプローチなどを、事例を交えてまとめています。

 

 

叱る=世界からの押し返し

この本では、「世界からの押し返し」という言葉で、自分の思い通りにならないことや理不尽さを感じることなどについて表現しています。

 

この、世界からの押し返しが少ない環境で育ってきた子どもたちは、自分の思い通りにならないことに対して強いストレスを感じてしまうようです。

 

子どもが成長して、回っている扇風機に指を突っ込もうとしたり、高いところに登ろうとしたりする時に、「押し返す」ということが必要だと書いています。

 

こういうことを子どもがやりそうになったときに、親を中心とした「外の世界」に求められるのは、子どもの行動に対して適切に「押し返す」ということです。この「世界から押し返えされる」とは簡単に言えば、叱られる、止められる、諫められるといったことになります。

現代の世の中には「自由にさせてあげた方が良い」「叱るのは可哀想」という風潮があることは承知していますが、適切に叱られる、止められる、諫められることによってもたらされる「子どものころの成熟」も理解してほしいと切に願います。

 

世界からの押し返しが少なく育ってきた子は、しばしば自分の万能なイメージを持ってしまい、そのイメージと異なる自分に向き合わなければいけないという時に、「不登校」という形になってしまうこともあるのではないかと書かれており、その説を補強するような具体的な事例がたくさん書かれていました。

間違っていてもバツを付けないでほしいという子ども(時には親も)、実力が伴っていないのに「東大に行きたい」「医学部に行きたい」という高校生たち、特定の科目だけ体調不良になる子ども達・・・

 

途中まで読んでいる時に「未熟な自分と向き合えないのは子供だけじゃなくて大人もなんじゃないか」と書いたんだけど、やっぱり後半で親の問題行動についても書かれていました。

子どもの問題から目を背けて学校やカウンセラーの責任にしようとする親、子どもの「バツを付けないで」を先生に要望する親、罪悪感を植え付けるような言動で教師をコントロールしようとする親・・・

子どもだけの問題じゃないよなと思うような事例がたくさんありました。

 

ちなみに「他責思考」についても記述がありました。

 

「自責」から「他責」への変化は、明確に子どもたちにも見受けられます。<中略>不快の原因を他者に帰することで、一時的には自らの問題を棚上げし、軽やかな心持ちを経験することができるでしょうが、何事にもリスクは伴うものです。<中略>他責的なスタイルで生きていると、どうしても対人関係の中で「加害者―被害者」と言う枠組みで捉える機会が多くなってしまいます。

 

考えさせられますな・・・

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ごちゃごちゃする

そういう中で、じゃあ問題のある子どもに対して適切なアプローチをしていくか?というところで「ごちゃごちゃする」という表現が出てきました。

 

まずは子どもがネガティブな自分を目の当たりにしてしまったときの「不穏感情が表出されていること」を前提に、関係性の中でそれを納めていくということです。

 

子どもの不穏感情が表出されてさえいれば、その感情を関係性の中で納めていくということがしやすくなります。そして、「関係性の中で納めていく」を実際の関わりに言い換えれば、「ごちゃごちゃとしたやりとりを根気強く続ける」ということになります。

 

詳しく表現すると長くなるけれども、「ごちゃごちゃする」ということで、子どもに葛藤や押し返しのようなものを作り、それに対して向き合わせたり反発させたりさせながら、少しずつ子どもにネガティブな自分自身と向き合うような機会を作っていく・・・ということなのでしょう。

 

これを読んだ時に、親戚の子とのエピソードを思い出しました。

 

その子は、大人たちとゲームをしたりして負けると、ものすごく凹むんですよね。

負けて悔しいとかじゃない感じで。

それは「ゲームに勝てる実力のない、ネガティブな自分」みたいなものと向き合うことを恐れているという感じなのかもしれない。

んで、私なんかは「子どもなんだし、手加減して勝たせてあげればいいじゃないか」って思うんだけれども、周りのオジオバ達は手を抜かない。

でもそうやって「負ける自分」を何度も体験させて、自分の実力を知らしめるとか、じゃあ勝つためにどうしたらいいかを考えさせるとか、そういう方が大切なのかもしれないな。

なんか彼女はいつも「自分は優等生」「いつも100点」って言っているし、逆に点数悪いとゲームで負けた時みたいにめちゃくちゃ凹むらしいし。

 

 

不登校の子を持つ親も、幼児期の親にも

子どもの叱り方、コミュニケーションの取り方って、赤ちゃん~イヤイヤ期が終わるとずっと親の課題になってくると思います。

特に、自分の親が割と昭和タイプでガミガミ&暴力みたいな人だと、どうやって子どもを叱ったらいいかってわからなくなりがちでしょう。

 

不登校の子を持つ親や、「うちの子小学校に入ったら大丈夫かしら?」という悩みが出てきた親も、「最近の若い子はちょっと叱るとものすごく凹むから困る」という方も、こういう本も読んで、知識として蓄えておくのもアリかなと思いました。

 

 

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