ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚40代女、ドクダミ淑子の毎日

今話題の「人生詰む」のマンガを読んで感じた、自分は変わらず他を変えようとすることについて


こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

ろくでなし子さんの『学校ってなんですか?』というnoteで連載しているマンガが話題ですね。

 

なにやら色々見ていると、第五話の「小学校の選択次第で その後の人生、詰む!」みたいな表現が各方面から「いや、詰まないだろ」とツッコミを受けているようです。

 

第五話はこちら

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その後の、「丁寧な説明」も読みました。

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おそらくこの問題は、ろくでなし子さんご自身の経験から「普通級できちんと勉強して知識を身に付け大学で学ぶこと」ということを何よりのゴールにしているからだろうな・・・と思いました。

 

かくいう私も、どちらかというと時代と状況によっては、支援級に入るような対象になっていたかもしれない。

授業なんてほとんど聞いていなかったからな・・・ただし席を立ってふらつくとかそういうことはなく、自分の席でマンガとか描いていたタイプ。

 

それでも学校の成績は良かったから、まぁなんだかんだで許されていたというのと、学級リーダー的な感じの役割にしてもらっていたから何とか少しでも模範生徒っぽく生きてきたって感じ。

先生もきっと苦労しただろうな・・・と今になっては思う。

 

まぁそんな感じだから「知能はちゃんとしているのに、席に着いて勉強できないだけなのに支援級や支援学校を勧められる」ということに強く反発を覚えるのは、わからなくもない。

 

でも、同時に大人になってからは、もう少し広い視点で「学級運営」「集団生活」「規律が守れない人がいることで集団が被る損害」みたいなことも考えてしまう私もいる。

私も大人になったなぁ・・・

 

 

親側のリサーチや努力は?

ただ、このマンガを読んでいて不思議に思ったのは、子どもにとってよい環境を作るための努力とか、そういうことをこの人はなぜ考えないのだろうかということ。

子どもが生まれて幼児期を過ごす中で情報収集をしていくと、「自治体ガチャ」というものの存在に気づいていくものじゃないかな?

自分の住む町と隣町で、支援が手厚いところと手薄いところがあったりする。

特に障害のある子を育てるとか、ひとり親家庭とかだと、支援のレベルが生活にダイレクトに関わってくると思うのだ。

 

普通級に在籍しながら補習的に支援プログラムがあるような自治体もあるし、キッチリ分かれているところもある。

 

この方は将来的に外国で暮らすつもりでもあるから家を購入しているわけでもなさそうなんだから、引っ越しするというのもありだと思うんだ。

「家から遠い…」なら引っ越せばよくね?と思うんだけどな。

経済的な問題が・・・というのもわかるけど、借金してでも子どもの暮らしやすい環境を作ると思うんだよ、私だったら。

 

このマンガはまだ続くけれども、「学校というシステムの問題点」ということを本人も言っていることだろうから、自分のリサーチ不足とか行動力不足とかは棚に上げて、学校側の問題や先生側のキャパ不足とかを描いていくんだろうな。

 

 

勉強だけなら家でも出来る

ろくでなし子さんの言う「勉強」なら、別に学校に行ってやらなくても、家庭でも出来るし、小学校の早い段階なら「遅れすぎて普通級に追いつけなくなる」もどうにかなりそうな気がする。

「知能は高い」というなら特に。

 

家庭学習でなんとかなるなら、そこでフォローすればいいし、家庭でも学習態度が悪くて席につけずに勉強できないくらいなら、学校なんてもっと無理じゃん・・・

学校に問題があると言うのなら、その問題を補う方法を親が家庭がどうにかするということを考えた方がいいと思うんだよな。

 

なんかそういうのを全てすっ飛ばして、「うちの子のことを第一に考えて、学校がなんとかしろ!」っていうのはまたモンスターペアレントなんじゃないかと思うんですわ。

 

 

今後もウォッチしていきます

まだまだマンガは続くようだし、本当に「詰む」のかはわからないけれども、この学校に過度な期待をして、集団生活が出来ない子にも勉強をさせたいとこだわる母の話は最後まで読んでいきたいと思います。

 

 

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