こんにちは、ドクダミ淑子です。
いつ書いているんだ、って感じですけれども今日はクリスマス・イブですね。
クリスマス・イブになると、「なんか昔は無理していたなぁ」と思ってしまう。
クリスマスディナーなんか予約したりしてさ。
夫は偏食で食べられない野菜が多かったり、「なんとかソースを添えて」みたいな凝った味付けのものが嫌いだったりするし、お酒なんてほとんど飲まないのに、その日だけちょっとテーブルマナーが大事なお店に行ったりしていた。

それはそれで楽しいんだけれども、私は「馴染みのフレンチ」とか「馴染みのイタリアン」みたいなところで食べるコースの方が好きだな。
地元に、母が好きな肩肘張らない感じだけれどもすごく美味しいイタリアンがあって、そういう店を今の家の近くにも作りたいなと思っているけれども、恋人時代のクリスマスディナーってそういう感じじゃなかったしな。
そう考えると、今の、というか付き合ってしばらくしてからのクリスマスで、ケンタッキーのフライドチキンを買ったり、お肉屋さんのローストチキンを買ったりしたほうが、自分達の身の丈にあっているんだろうな、と思う。
まぁ、無理はしないことが大事だと思う。
思い出に残るフルコースといえば
ただ、そういうフルコースを今後食べたくないとかそういうわけではない。
できることなら、「思い出に残るフルコースがいいなぁ」と思っているだけなのだ。
・・・というのも、夫の実家に帰ると、結構な頻度で義兄弟がこう言うからだ。
「兄さんと淑子さんの結婚式の食事が、今までの人生で一番美味しかった」と。
なんか、それを聞くと、食事をグレードアップしてよかったな、と思う。
人の記憶には、美味しい食事というのは、がっつり残るものなのだな・・・と彼の話を聞くと毎回思う。
そして、私にもできればそういう「思い出のフルコース」みたいなものが欲しい。
いや、覚えているものもいくつかあるんだけれどもね。
あの時、あそこで、あの子と食べたアレが美味しかったな・・・とか。
誰の結婚式の食事は良かったな・・・とか。
でも「あれが人生一番!」とまで衝撃を受けたものは、今までなかった。
それはもしかしたら、私の舌が肥えているからなのかもしれないけれども。
最高のフルコースを諦めきれない
色々考えると、私はまだまだ豪華なフルコースについての野望がなくならない方なのかもしれない。
夫は夫で、「旨い丼物」みたいなものは追い求めているけれども。
そうなると、私は家庭の外、もしくは大きくなった子どもと共に、フルコースを追求し続けるようになるのかもしれない。
それはちょっと寂しいけれども、もう既に酒を飲みたい/飲みたくない などでの違いを諦め、彼に野菜を食わせることを諦めていることを考えると、「別に夫婦で行かなきゃいけないってわけじゃないしな・・・」と諦めてしまえばいいのかなと思う。
・・・とか考えながら、今年のクリスマスはケンタッキーのチキンとナゲットを食べた。
子どもはナゲットしか食べないけれども、クリスマス感がでるように、星ポテトやブロッコリーやソーセージをちょっとかわいくデコってみた。
こちらもどうぞ