ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

子供を子供だとみなすことの大切さを知る

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

ひそかにネット上でウォッチングしている、某キャリアアドバイザーの女性。

積極的に見ているわけではないのですが、発言次第で拡散されて私のタイムラインにも上がってくるのです。

少し前にも、彼女の発言が流れてきました。

 

 

これの引用リツイート欄を見ると、「病院に行った方がいい」みたいなコメントが目立つんだけれども、私は初めにこのツイートを見たときに、どうして「病院へ!」っていう声が沢山あがっているんだろうか?と思ってしまったのです。

だって、普段からこの方、「それは思い込みが激しすぎやしないかね?」って発言ばかりだったんだもの。

だから、これを読んでも私は「通常運転(で、ヤバい運転)」くらいにしか思えなかった。

 

でも、時間が経って、じわじわと感じてきたことがあります。

 

「子供を、子供だと思えていないから、ヤバいってことか・・・」と。

 

 

赤ちゃんへの暴行事件で思うこと

「5ヶ月なんて、まだほんの赤ちゃんなのに・・・」

 

実家に住んでいる時に、母はテレビで赤ちゃんへの暴行事件のニュースを見るたびに、こんな風に言っていました。

「子どもが言うことを聞かないなんて、赤ちゃんは言うことなんてわからなくて当然なのに」

「3ヶ月なんて、まだホヤホヤでただ可愛いだけなのに」

それを聞くたびに、「たしかにそうだよなぁ・・・」とボケーっと思っていた、独身時代。

 

この母の言葉と、自分が育児でドタバタしていた時期の思考回路(今は多少落ち着いている)と、冒頭の彼女のツイートが、頭の中でシュルシュルと繋がってきました。

事件を起こすような人、特に精神状態が正常ではなくなって暴行に至ってしまう人は、母みたいな「まだ赤ちゃんなのに」っていう考えが出来ない状態になっているんだろうな・・・と。

 

それは、「子供を子供と思えない」というところからくるんだろうな、と。

 

 

「子どもの行動」なんて、だいたい深い意味はないよね

時々、育児に疲れている方の言葉で、「子供がまるで自分を苦しめるためのような行動を取ってくる」みたいなものを聞きます。

 

・・・確かに、そう思いたくなるようなことも、ある。

たとえば、離乳食をぶちまけた上にリバースし、残骸を髪の毛にべったりとつけ、皿を投げて割り、シャワーで流してさあ着替えようと思った途端にオシッコ漏らすとか、そういう時って、「何!?私が何かした?」とか問い詰めたくなる。

けれども、その1つ1つの行動に何か結びつきがあるかっていうとそんなことはなく、単にそこに在ったものに対して行動をしているだけの積み重ねが、たまたま大人にとっての「不運」になっているのだ。

 

でも、人はそこに「理由」をつけたくなるんだよな。

「理由」「原因」を解明して、「解決」「解消」したくなる。

 

彼女もきっと、そんな風に、子どもの行動に対して「理由」とか「意味」とかを探そうとしているのだろう。

 

ああ、思い詰めてしまっているんだろうな、と後日のこのツイートを見ても思った。

「子供の行動には全て意味があり、その意味を解明して自分の不快感をなくしたい」みたいな風に、私には読めた。

 

なんていうか、「まぁそんなこともあるよね」みたいな、余裕が一切ない。

 

 

認識を修正してくれる存在の大切さよ

それは、彼女1人だけの問題ではなくて、彼女にそこまで余裕をなくさせている周囲の問題でもあるんだろうな、と思う。

旦那さんは、妻のツイートを読んで、何を考えているのだろうか?

それとも、一切見ないようにしているのだろうか?

 

私の場合、きっと「子どもが私の言うことは聞かずに、パパのことだけ聞く。私のことを馬鹿にしているんだろうか?」なんて母に言ったら、「まだ赤ちゃんなんだから」と一蹴されるだろう。

そうやって、軌道修正してくれる存在って大事なんだろうな、そしてその言葉を受け入れられるような心も同じくらい大事なんだろうな・・・と、件の彼女の暴走ぶりと、ネット民の声を聞く耳持たずにバサッと「そんな風に思えない」と言ってしまう態度を見ていると、思うのだ。

 

 

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