ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚30代女、ドクダミ淑子の毎日

人間は、不安感の強い人と弱い人の2種類に分かれるという話

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

 

先日、「コロナ観の違い」という話を書きました。 

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最近、新型コロナウイルスの話もしかり、不倫もしかり・・・色々なことに対する「線引きのライン」ということについて、少し考えていました。

いったい、気にする人/気にしない人ってどうしてこんなに分かり合えないんだろう?

 

私はどちらかというと、大雑把な人間で、だから神経質気味の母とは折り合いが悪かったんですよね。

今は、距離も離れて、お互い丸くなったので、前よりずっとマシになったけど。

(もしかしたら、これが公開されている頃は、里帰りして揉めているかもしれない・・・)

 

そして、自分に対しても、疑問がありました。

「自分はなぜこんなに大雑把で適当人間で、そのままで生きていけるのだろう?」

「何か大事なモノが見えていないのではないか?」

 

 そんなことをモヤモヤ考えていると、この本の文庫版書き下ろし「パンとサーカスの日本社会」に面白い一節がありました。

 


 

 

 

不安感の強い人と弱い人

「パンとサーカスの日本社会」は、新型コロナウイルスのあれこれについて、加筆された章になっています。

トイレットペーパーの買い占めや、他県ナンバー狩り、自粛警察など、「不安に駆られる人たち」について触れ、なぜそこまで不安になる人が出てくるのか?という話が書かれています。

 

 なぜ不安感はばらつくのでしょうか? 進化論的には、「ふたつの異なるサバイバル戦略があるから」と説明されます。

 旧石器時代のサバンナで、おいしい果物が沢山実っている茂みを見つけたとしましょう。「不安感の低いひと」は、歓声を上げて茂みに駆け寄り、たらふく果物を食べるにちがいありません。これが「生存戦略Ⅰ」です。

 ところがその茂みには、腹をすかせたライオンが潜んでいるかもしれません。無警戒に果物をむさぼり食っている「不安感の低いひと」は格好の餌食です。

 そんなときに生き残るのは、集団から遅れ、こわごわとあたりを見回している「不安感の強いひと」でしょう。おいしい果物は食べそこなうかもしれませんが、生命を落とすこともないのですから、これが「生存戦略Ⅱ」になります。 

 

この続きは、だからどちらも生き残り、どちらも存在しているのだ・・・という話でした。

この話を、トイレットペーパー買い占めの話にすると、不安に駆られて買い占める人は「生存戦略Ⅱ」の人で、なぜそんな行動をするのか理解できないのは「生存戦略Ⅰ」の人間なのです。

 

私はトイレットペーパー買い占め騒動が起こっていた時に、「別にそのへんの紙で拭いて、ごみ箱に捨てればよくない?買い占めするなんておかしいよ」くらいに考えていたんですよね。 

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そうしたら、「私はトイレットペーパーが常に3ケースないと不安です」「レトルト食品は何十食もストックがないと不安です」という趣旨のご意見をいただき・・・申し訳ないけれども、全く理解できませんでした。

 

今考えると、そういうコメントを下さった方は、「生存戦略Ⅱ」の人で、私は不安感ゼロの「生存戦略Ⅰ」人間だったのだな・・・と今になってやっと理解できました。

 

 

不安感の異なる人が一緒に暮らすためには

人って、「不安感が強いか弱いか」で付き合う人を決めるというわけではないですよね。

それに、私のように、「実の母親と不安の感じやすさが全然違う」というパターンだってあるわけです。

むしろ、「不安感ゼロの人だけの集団」「不安感MAXの人だけの集団」って、滅びやすいから、「集団の中には両方セットする」ってプログラミングされている方が合理的な気がするし。

 

不安感に大きな差がある場合、どうすればよいのでしょうか?

 

まずは、お互いのことを「おかしい」「異常だ」と思わないことが大切だなと思います。

「なんでいつも、こんなに起こりもしないことに対して心配しているのだろう?」

「なぜこの人は、危機感と言うものがカケラもないんだろうか?」

お互い、自分を軸に考えると、相手の行動を「なんで?どうして?」って思いがちだと思うんですよね。

 

でも、「この人は、自分よりも不安を感じやすい(にくい)人なのだ」ということを頭の片隅に置いておく。

そうすると、「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。だって○○で備えているから」とか、「やっぱり心配だから、せめて△△はしてほしい」といった言葉が出てくるんじゃないかしら?

 

そんなことを考えていると、色々なシーンで、「なぜ?」と思っていたことが少し晴れてきました。

 

「なぜあのクライアントは、成功率90%の提案に首を縦に振らなかったのだろうか?」

「なぜあの人は、いくら言っても『でも』『だって』って言っていたんだろう?」

 

私もまだまだ、色々なモノが見えていないし、もっともっと人間関係をよくできるポイントがあるんだな・・・と思ったのでした。

 

 

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