こんにちは、ドクダミ淑子です。
先日、ふとしたきっかけでこちらのコミックエッセイを読みました。
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どんな内容なの?
公式サイトによると、こんな内容です。
ちなみに上記サイト内に、いくつか抜粋されたエピソードが掲載されていますので、気になる方はそちらも見てみてください。
『やめてみた。』『もっと、やめてみた。』のわたなべぽん最新作!
幼少期のしんどい親子関係から、自己肯定感が低くなってしまい、「自分が嫌い」「どうせ自分なんて…」という辛い感情を抱えて生きてきた著者が、そんな状態から脱するために自ら考えたり、試したりしたことを克明に記した感涙エッセイ漫画。
『スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました』というダイエットコミックエッセイ、『ダメな自分を認めたら 部屋がキレイになりました 』という片付けコミックエッセイで有名になったわたなべぽんさんの、自分と向き合った記録です。
そういえば、私にもこういう時期があった
『自分を好きになりたい。』ってタイトルってことは、自分を好きになれない人が描いているってことじゃないですか。
最初の私は、どちらかというと、「私はそうじゃないけど、そういう考えにも触れてみようか」っていう気持ちで、手に取って、買って、読むつもりだったんですね。
ただ、読み続けていると、妊婦で情緒不安定だからか、ポロポロ、いやボロンボロンと涙がこぼれてきたのです。
そうだ、私もこの人と同じような時期があったじゃないか・・・と。
私はずっと、「だらしない子ども」だったんですよね。
注意力散漫で、忘れ物が多く、整理整頓ができない・・・
母親は、おそらくそんな私を案じて、とりあえず勉強だけはちゃんとさせようと、宿題・予習復習などの習慣づけに力を入れたのですが、そうしたら、勉強だけ出来るようになってしまって、「勉強はできるけれども、だらしない子」になってしまました。
よく、自室に持ち込んだ1日前の茶渋のついたマグカップ、締切が過ぎてから渡す学校のプリント、つけっぱなしにするトイレの電気などに、母親は烈火のごとく怒りながら、「普通でいい、普通のことが普通にできる子になってほしい」と言っていた気がします。
どうして自分は当たり前のことが当たり前にできないのだろう?
本気でやろうと思っても、すぐに忘れてしまう。
毎日怒られ、毎日泣いて、そんなことで落ち込んだ事もありました。
余談ですが、私の母もわりと整理整頓が苦手なので、娘を自分と同じようにさせないという気持ちもあったかもしれませんね。
おまけに、大学生の時に自分が結構なブスだということが(都会の男子校育ちの友人に言われて)発覚し、更に自己嫌悪に陥ったこともありました。
母から褒めてもらえない中でも、自信になったのは
「普通でいい」「普通に生きてほしい」と願う母は、私の偏差値が70を超えようと、テストで学年トップの成績になろうと、ストレートで有名大学に入ろうと、決して褒めたり喜んだりすることはありませんでした。
むしろ、母が思い描く「普通の女の子」からはどんどん離れていくのを怖がっていた気がします。
でも、そんな中でも自分の心の支えになっていたのは、自分は勉強だけはできるということと、恋愛は皆無だったけど、信頼してくれる友達がいる、ということでした。
ブス問題については、「1対1でデートしてくれるゲイの男友達」が出来て、色々と話をしたことで、自分の気持ちが変わったと思う。
私の母は別に毒親でもなんでもなく、ただちょっと心配症で「娘には普通の幸せな人生を歩んでほしい」という感覚に縛られているだけの人です(たぶん)。
私はマンガを読むまで、10年以上前に吹っ切れている母とのアレコレを思い出すこともなかったくらいだし、現在は自己肯定感モリモリで生きています。
でも、心のどこかで「お母さんに褒めてほしい」とは思っていたんだな。
その気持ちが、わたなべさんのマンガを読んで、ふっと出てきたのでした。
ちなみに、大学時代に私のことを「ブス」と言った人については、後に保険の営業かけられたけど、きっぱりお断りして、なんかそっちもスッキリした。
自分との対話で、変わっていく話
さて、自分語りはこのへんにして、わたなべさんのマンガに話を戻しましょう。
わたなべさんは、自分を好きになれない理由を考え、子どもの頃の自分と対話を始めます。
そして、1つ1つ、「本当はやりたかったこと」「やり残したもの」「欲しかったもの」「みんなが良いということに手が出せない自分」などに、向き合っていくんですね。
そうやって少しずつ、自分を好きになって、過去からの呪縛を自分で解いていくんです。
もしも今、「どうせ私なんて…」と思っている人がいるなら、毒親との関係性に(別に仲直りする必要はないけど)まだわだかまりが残っている人がいるなら、これは結構いいセラピーになるかもしれません。
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