こんにちは、ドクダミ淑子です。
ネットで有名になるなら、YouTubeをやるべきだとか、採用するためにはYouTubeをやるべきとか、とにかく猫も杓子もYouTubeやろうぜという今日この頃。
私はそれに激しく疑問を呈しています。
動画を見るのは10分、テキスト読むのは1分
YouTube動画って、10分以上じゃないと広告が付けられないなんて噂を聞いたことがあります。
そうなると、1つの動画は最低10分見なければいけないわけです。
でも、同じ内容をテキストで読むと、たぶん1分くらいで読めるんですよね。
例えばこのブログの内容なんて、だいたい1500文字くらいで、読むのが早めの私だったら、読むのは1分かからない。
でも、同じ内容をしたら5分くらいにはなり、しかも広告を付けるために引き延ばしたらオチまで10分かかるのです。
その差、9分。
「好き」か「どうしても見なければいけない」のどちらかじゃないと見れない
ブログの10分ー読む1分=そこには9分の差があります。
私たちは、9分の差をどうやって埋めているのでしょうか?
文字を読むのが苦手な人だったら、文字を読む苦しさを埋める9分かもしれませんね。
苦痛を感じながら読む1分程度よりも、楽しい気分で見られる10分の動画の方がいい!みたいな。
でも、私は文字を読むのは好きなので、そうは思いません。
そうすると、9分を埋めるかどうかって、「ずっと見ていたい」「声が聞きたい」っていうプラスアルファ、話者、つまりYouTuberの魅力の部分なんですよね。
あとは、どうしても見なければ行けない必然性があるかどうか。
動画じゃないと動きがわからないとか、現地の風景を見たいとか、チーズinハンバーグのチーズがとろりとする瞬間とか。
なんでも動画にすればいいってもんじゃない
さて、そんな考えの私はでYouTubeで有名になろうとするブロガーだのアフィリエイターだのを見ていると、疑問がわいてくるのです。
「9分を費やす価値を感じられない」
もっさりした髪、生気の感じられない目、いろいろと緩めの口元、もっさりした格好、もっさりした家、もっさりしたしゃべり方・・・から生まれるもっさりとした動画。
そんなにもっさりしているのに、何が「YouTubeの時代!」やねん。
動画にすればいいって問題じゃないのよ!と、どなりたくなってしまうわ。
「見た目じゃない、中身が肝心なんだ」とか言う人もいるかもしれません。
でも、動画にするからこそ、中身なんかよりも見た目が9割なんですよ。
言っている内容はめちゃくちゃでも、見た目や声が良いから見てしまう動画はある。
そして動画の場合、逆は、ない。
テキストなら1分で読むかもしれないけれども。
動画を見るハードルは、意外と高い
そう、動画を10分見続けるって、結構ハードルが高いと思うのです。
最近だと採用活動で動画を作るところもあるけれども、ちゃんと戦略だてて作っているなって企業の動画って、2分くらいのものも入っているんですよね。
2分のものでパッと心をつかむって言うのがまずあって、そこで心をつかめたら15分の会社説明に飛んでもらって・・・みたいな感じで、ちゃんと戦略がある。
とりあえず15分の動画を作って・・・みたいなところって、まず見てもらえないんですよね。
知らない会社の、知らない動画に対して15分も使うっていうのは、結構ハードルが高いから。
それで、再生回数10回とかになって、「せっかく作ったのに・・・」と泣きべそをかいている。
そういうのを見ているので、「とりあえず動画」っていうのは危険だと思っている。
もしもYouTuberが動画で勝負するなら、そもそも見た目をどうにかしろっていうのと、パッと見られるネタ系動画で興味を引いてから、じっくり見るような動画にするとか、ちゃんと戦略考えろよって思う。
私はテキストを書いているほうがコスパが良い
動画なら見てもらえると思っている人は、大間違いだという話なのです。
そして、そういう勘違いをした人のもっさりした動画が大量生産されてしまい、「うわっ、変なヤツ流れてきたぞ」ってなるのが今日この頃。
そうならないように、身なりを整えたり、部屋を掃除したり、動画のクオリティを上げたりしていくことを考えるとですね・・・私はテキストを書いていたほうがはるかにコスパが良いと思うんですね。
検索性の面でもまだテキストの方が強いし、気軽なユーザーにも見てもらえるしな。
そんな風に、もっさりとしたYouTuberのことをディスりながら、私はラルクのPVを流し、せっせとブログや本を読み漁るのです。
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