ドクダミ自由帳

モテない精神を持ち続ける既婚アラサー女、ドクダミ淑子の毎日

私は、他人をディスる時に何を考えているのか?

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こんにちは、ドクダミ淑子です。

今回は、今週のお題「わたしの節分」について書いていきましょう。

 

書いていたらテーマとちょっとずれていたんですが「鬼は外、福は内!」についてってことで・・・

 

 

ブログで他人のことを書くときに、何を考えているのだろうか?

きっかけは、この引用ツイートでした。

 

 

これを読んで、「ん?」と思ったんですね。

私、別にmisonoのことは「かなり嫌い」でもないよ?と。

 

 

本当に嫌いだったら、ブログのネタになんてしない

私はブログを書く前に、彼女の出てきたTV番組を大体2~3回見ますし、ブログについても2~3ヶ月分くらいは読みます(ざーっとだけど)。

前回のブログを書くために、11月~1月の3ヶ月分のブログを読みました。

 

本当に嫌いだったらそこまでやらないし、やりたくないと思うんですよね。

そして最後まで読む前に、きっとイライラして読めなくなってしまうと思うのです。

 

もちろん、現実に、自分に近いところにmisonoが存在していたら、私は距離を置く縁を切るし、罵詈雑言の数々が出てくると思います、これは間違いない。

でも、彼女は私の身近な人ではなく、遠巻きで見るだけの存在。

だからそこまでの憎悪は生まれてこないのです。

 

そして、相手に「憎悪」を抱くような段階だったら、私はブログには絶対書かない。

鬼のような形相で、ドロドロした気持ちを書いても、何にもならないし、楽しくないから。

後から読んで嫌な気分になったり、嫌な気持ちが思い出されるようなブログは、好きじゃない。

もしも、そこまで嫌いな人がいるなら、ネットに吐き出すよりも、私はなんでも話せる友人を召喚し、話を聞いてもらいます。

そしてちょっとだけ会計を多く払います。

 

 

 

世の中にはいろいろな人がいるということ

私がブログを書くときに意識しているのは、「世の中には色々な人がいる」ということ。

自分が正義感を振りかざして何かを言ったとしても、「余計なお世話だ」という人もいるかもしれない。

「死にたい」と言うことで、気分が楽になっている人もいるかもしれない。

「ウチ、めっちゃ忙しいねん」とアピールすることが仕事をやるモチベーションになっている人もいるかもしれない。

他人を拒絶しブロックすることで、自分の精神状態をつなぎとめている人もいるかもしれない。

 

そういう、「私の常識」「私の認識」外の人がたくさんいるということは、忘れないように意識しています。

 

 

愛とリスペクトを持ってディスること

自分と違う考えを持つ人を尊重しながら、自分の正義感を振りかざさないように注意しながら、「でも私はそうは思わない」と反対意見を書く。

それが私の何かを批判するときのスタンスです。

 

「愛とリスペクトを持ってディスる」というと、矛盾しているように見えるかもしれないけれども、自分的にはそんな意識なのです。

 

そして大事なのは、私の意見や批判が相手に届かないからと言って、ヒートアップしないこと。

たまにネット上で誰かのことを執拗に追いかけている人を見ますが、そういうのはちょっと・・・怖いんで・・・そうならないように気を付けています。

 

自分の中の「鬼」の部分は見せない、というか封印しつつ、あの小さな大豆を足元にペチペチと投げる・・・そのくらいの緩さで、今後もドクダミ自由帳は他人を、世の中をディスり続けるのです。

 

 

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